日本貿易関係手続簡易化協会(略称:ジャストプロ 英文略称:JASTPRO)のウェブサイト

原産地関係エッセイ・論文・講演資料

連載 第四十二話-UNCTAD・GSPセミナーこぼれ話(その13)-

【モルディブ共和国】

一時期ポルトガルにも15年間占領されたイスラム国であるモルディブ(国旗にしっかり三日月が入っています。)にはADB勤務時代に出張した国ですので、今UNCTADの枠の中で取り上げるのはルール違反かもしれませんが、面白いエピソードがありますので先食いして触れたいと思います。最初のポイントは、変わった空港という点です。これまで色々な空港を利用しましたが、当地では首都マレのホテルに行くのに船に乗って別の島に行かなくてはならないのです。何のことはありません、空港が別の島にあるからなのです。ここに匹敵する変わった空港は、(行ったことはないのですが)スペイン南端にある英領ジブラルタル空港で、狭隘な領地のため何と空港と一般道が交差しており、飛行機が到着する度に車両と歩行者が信号待ちをすることになります。現在は一般道が地下道になっているかもしれません。ADB第七代総裁であった故千野忠男氏が当地に出張された際、船に移るタイミングが合わず、転倒され軽い捻挫をされたそうです(当時の噂では「骨折」とされていました。)。同行された総裁補佐官(財務省出身です)は、少しも騒がず、到着した夜の歓迎会に大事を取って休憩している総裁のご名代として立派に職責を果たされたと伝えられています。

閑話休題。同国からADBに「WTO関税評価協定」を導入したいので技術協力をお願いしたいとの要望が出されました。筆者は、直接の担当局には所属してはいませんでしたが、税関出身ということもあってプロジェクト作成の前段階である現地でのfact-finding missionに参加することになりました。当時の関税局長の父親はある島のトップ(Captainと呼ばれる)だそうで、一度、関税局長とこの島を税関のボートで8時間かけて訪問した時は盛大なおもてなしを受けました。後日、ADBでWTO協定類に係る技術協力プロジェクトの一コンポーネントとして「WTO関税評価協定」を取り上げましたが、この関税局長をお呼びして協定導入についての経験について特別講話をして頂きました。とても気さくな方で食事も質素で最大の輸出品目であるカツオの生干しをふんだんに使用したフィッシュ・カレーを日に三度食しておりました。当方達は、一日に二度のカレーで十分でした。

第二のポイントはイスラム国であって禁酒国であることでした。首都マレは禁酒の島ですがノンアルコールのビールは売っていました。もちろん、観光収入の目玉であるリゾート地では飲めます(当時この国にVAT: value-added taxというか付加価値税はありませんでした。同国の税収の大きな項目の一つには、リゾート地の宿泊施設一室いくらの税金がありました。日本で昔あったパチンコ台一台につきいくらの税金と発想は同じですね。)。

ウルグアイ・ラウンド交渉では、「船積み前検査協定」(いわゆるPSI協定: Pre-shipment Inspection Agreement)が合意されました。PSIとは、輸入国政府(中央銀行又は税関)の委託を受けた私企業である検査会社が、輸出国において、船積みされる前に貨物の検査(価格評価を含む)を行い、輸入国における通関、外貨割当の取得等に必要な書類を発給する制度です。この制度は、低価申告による輸入国の関税収入の損失を防ぐ一方、高価申告による外貨流出を防ぐことを主な目的としており、交渉中においてアフリカや中南米諸国を中心に30ヵ国以上で採用されていました。実は、アジアではフィリピンやインドネシアが採用していました。例えば、インドネシアでは、当時申告価格が五千ドル未満の場合は税関が関税評価審査を行いますが、これを超える申告価格については、税関は評価事務ができませんでした。税関の税関たる本質は何かと突き詰められた場合、関税評価にあると筆者は考える者ですが、民間検査会社がこの大事な事務を行ってきたことに大きな違和感がありました。ともかく、ウルグアイ・ラウンドでは、米国がこの制度は通関の遅延などの問題を惹起するおそれがあるので、一定の規律下に置くべしと主張して協定がまとまりました。

ジュネーブの市街、レマン湖に近いところにPSIをも行う大手の民間検査会社の本社があり、筆者も数回この前を通ったことがあります(現在はどうも本社を移転してしまったようです。)。日本にもこの会社が事務所を構えていました。インドネシアはウルグアイ・ラウンド妥結後まもなく、時の関税局長スハルジョ氏がPSIを廃止しました(この時、筆者は既に東京に戻っていましたが、JICAの短期専門家として、恐れ多いWCO朝倉元品目分類総局長のお供としてジャカルタに出張しています。朝倉氏の親友である関税局長の評価事務復活の喜びようは大変なものでした。)。フィリピン税関でも、PSIを担当していた一有力民間検査会社と紆余曲折がありましたが廃止に持ち込みました(もっとも最後は裁判沙汰になりました。)。WTOの意向としては、これから関税評価協定を導入する途上国に対して、PSIの活用を再考して頂きたいというのが本音であったことでしょう。幸いなことに、モルディブ税関ではPSIの導入は考えていませんでした。同国税関当局では、関税評価協定の導入に並行して、進化したASYCUDA(Automated System for Customs Data、UNCTADが開発した税関事務の電算化システム)の導入も行いました。

問題は別のところにありました。ADBでは、個人や法人がADBのプロジェクトを受注できるよう登録制度(Roster、ロスター)を敷いています(加盟国の国籍の自然人や法人に限られます。)。プロジェクトの内容にもよりますが、多くのものについて、これら登録されたコンサルタントやコンサルタント会社がプロジェクトの実際の実施者となることが多いのです。モルディブのWTO関税評価協定導入のプロジェクトについても競争入札にかけられました。ADBでは、応募してきた個人又は法人の入札内容を評価するシステムとして開発されたポイント制度を採用することにより透明性を図っています。問題は、PSIも行っているある民間大手検査会社もADBの登録業者として入札してきたことでした。ADBでは登録業者の申請を止めることはできません。ADBのポイント制によって透明性が確保されていますので、プロジェクトの意図に沿うようなよりしっかりとしたオファーを提出した業者のうち最高のポイントを獲得した業者がプロジェクトを落札します。結果は筆者の杞憂に終わり、後日、カナダのコンサル会社が受注したと聞きました。

【強く印象に残っている遺跡など】

UNCTAD勤務中、見聞を広める意味からも出張の際、機会があれば今でいう「世界遺産」などの遺跡を見て歩いたものです。その中でも、印象に強く残っているものを取り上げてみます。

エジプト
どういう理由であったか思い出せないのですが、ジュネーブでイラク入国のためのビザを取らず、エジプト、カイロのイラク大使館で二日掛けて取得しバグダッドに入りました。同行したアラブ語を話す同僚がこの出張を奇貨としてギザのピラミッドとスフィンクスを見たかったからかもしれません。いずれにせよ、筆者もおこぼれに預かったわけで文句などありません。カイロ市内からタクシーに乗りナイル川を渡り、小一時間でギザのピラミッドに着いたと思います。川を渡ると砂漠が広がりますが、思った以上にカイロ市内から近いのだという印象が強く残っています。スフィンクスの鼻は、その昔英国軍が標的にして射撃訓練を行なったらしく一部削げ落ちています。昔は漆喰かなにかで表面を滑らかにしていたと思いますが、ピラミッドはすぐ近くに行きますと、ゴツゴツした一片が1m強位の岩が積みあがっているだけで風情にかけていました。遠くから見たほうが美しく見えます。博物館にも行きましたがミイラのお棺だらけという印象でした。

インドネシア
林の中を車で走っていると急に視界が開け、正面に正方形の形をした仏教遺跡ボロブドゥールが現れました。確か、ジョグジャカルタから入ったと思います。一番下の回廊壁面には仏教説話がレリーフ形式で綴られています。仏像は500体以上あるとのことですが、格子状に積み上げられた仏塔によって守られています。上部にはこの格子を外したものが置かれており中の状態をうかがい知ることが出来ます。ボロブドゥールは大乗仏教の遺跡であると言われていますので、無理でしょうが筆者の様な凡人でも修行を積めば成仏できそうです。ここに来る前には、ヒンドゥー教のプランバナン寺院群を見て回りました。残念なことに2006年のジャワ島中部地震では一部崩壊したそうです。バリ島では、バスで小高い山のてっぺんまで行け、途中、銀細工の工房で買い物もできるのですが、この山は特に日本人の女性に大変人気があると現地のガイドに聞きました(山の名前を出すと爆笑の嵐とのことでした。)。ちょっと、本誌で活字にするには憚れる名前ですのでグーグルか何かで検索してください。

カンボディア
カンボディアのプノンペン出張の際、日帰りでシエムリアップ、平たく言いますと、アンコール遺跡群(アンコールワットやアンコールトム)を見に行きました。国内便は往復で邦貨1万円はしなかったと思います。まだ、はしりの時代だったので空港でタクシー半日の契約をしましたが、何と12ドルで済みました。当時のアンコールワットの正面には、ホテルも小奇麗なレストランンもしゃれたお土産屋さんもありませんでした。ともかく、寺院に入り最上部まで登りました。砂岩のような脆い岩でできていましたので階段もすり減っていました。アンコールトムでは数か所代表的な遺跡に連れて行ってもらいましたが、筆者が日本人とわかると警官が一人ついてきてくれました(これはもうUNTAC代表の明石氏効果以外の何物でもないと思います。)。警官が言うには、クメールルージュが地雷を多数敷設し、政府でそれらを撤去したが全部は取り除けてはいないので、わき道にそれず、人の通った後をまっすぐ歩いてほしい、と言われました。チップも受け取らない本当に親切な警官でした。田舎の食堂しかありませんでしたので、タクシーの運転手と共に鶏肉を焼いたものにご飯とビール(ビールは筆者のみ)のランチとしました。

今回の締めは、笑いとはなりませんが、クメールルージュの暗い面の後始末としたいと思います。1990年代初頭のカンボディアはまだ傷跡が癒えない時期にあったと思います。新政府の職員に案内されて連れていかれたのが強制収容所のあとや、この時期に犠牲となった人たちの頭蓋骨を使用して自国の形にした地図などを展示している記念館というか、慰霊のための館でした。実は、クメールルージュを指揮したポルポト一派の自国民虐殺などの罪を裁くため、2006年から「クメールルージュ特別法廷」が開始されました。日本政府もこの運営に大きな貢献をしましたが、特別法廷の判事の一人として、ADBの法規部勤務の某日本人職員(法務省出身者)が就きました(法廷は全12名の判事により構成され、国際判事は5名のみ。その一人がこの邦人でした。)。余談ですが、この人はフィリピンではマグロ納豆が大好物でした。

2018年5月30日 掲載
文中、意見に及ぶところは筆者の個人的な意見であり、JASTPRO又は関係諸機関の見解ではないことを予めお断りしておきます。

このページの先頭へ

注意)
日本輸出入者標準コードに関するお問合せは、ページ上部のメニューにある「コード関係お問合せ」をクリックして下さい。

一般財団法人 日本貿易関係手続簡易化協会
〒104-0032 東京都中央区八丁堀 2-29-11 八重洲第五長岡ビル4階
コード管理センター TEL.(03)3555-6034 / FAX.(03)3555-6036
代表(庶務室) TEL.(03)3555-6031 / FAX.(03)3555-6032
Copyright©2004 JASTPRO All Rights Reserved.