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原産地関係エッセイ・論文・講演資料

連載 第四十六話-UNCTAD・GSPセミナーこぼれ話(その17)-

【ペルー日本大使館での思い出】

筆者のUNCTADにおける最後のセミナーは、1995年秋マレーシアの首都クアラルンプールで開催されたASEAN地域セミナーでした。開催場所はワシントンのように緑に囲まれたクアラルンプールの小高い丘にある外交官研修所で、アンチダンピングなどの貿易救済措置を中心としたトピックを取り上げましたが、開会歓迎挨拶はここの研修所長が行いました。このセミナーには本誌で紹介した「EU のダンピング防止法とその運用における原産地規則の役割」の主執筆者であるベルムースト(Vermulst)氏に来ていただきました(氏とは1986年マルコス後の新生フィリピンにおいて主要三都市で開催されたセミナーで初めて会いましたが、以来、筆者が企画しUNCTADやADBが主催する大きなセミナーの多くに参加してもらいました。)。

これより先同年2月には、日本政府出資のセミナーがペルーで開催され、(翌年12月に日本大使公邸において占拠事件が勃発しましたが、公式パーティのホストを務めた)青木大使にご足労を頂き、開会挨拶をして頂きました(リマ商工会議所広報誌コピー参照)。大使から望外なお招きがあり、セミナー初日終了後、大使公邸に伺いました。2センチはあろうと思われた防弾ガラスを装着した大使車や、後日人質事件の際有名となった麻雀部屋などを見せていただきました。夕食の締めは外地ではなかなか口にできない「お茶漬け」を振舞って頂きました。このセミナーは、国籍は別にして日系人であるフジモリ政権時代に開催されましたので、筆者の提出した企画書は問題なく日本政府の了承が得られました。

在ペルー日本大使公邸占拠事件は、前述の通り1996年12月17日に勃発、その場にいた青木大使をはじめとする大使館員やペルー政府の要人、各国の駐ペルー特命全権大使、日本企業のペルー駐在員ら約600人が人質となり、解決までに127日間を要しました。解放後の記者会見時に大使が喫煙したことが日本国内の一部のマスコミに問題視されたのは大変残念なことでした。大使館の責任者として、事件当初、自分のみが人質になる代わりに他の全ての人質を解放するようにゲリラ側に申し入れしたものの拒否され、また、救出時に胸や足に重傷を負った事実に思いをはせる時、経験したくもない127日間と言う極限の状況で、精神的に良く持ちこたえたものと思わずにはいられません。筆者の青木大使との接触は極めて短時間のものでしたが、極めて人間味のあるかたとの印象を受けました。この人質事件は、時間の経過とともに女性や各国大使などが散発的に解放されました。このとき筆者は既に東京に戻っていましたが、この事件は連日テレビで取り上げられていて、ある日、小柄な男性が一人両手を挙げて日本大使館から歩いて出てきて解放されました。顔がアップで映り思わずアッと大声を出しましたが、この方は筆者のUNCTAD生活最後のセミナーで開会挨拶をされた元研修所所長で、在ペルー・マレイシア大使として赴任されており、この事件に巻き込まれた一人なのでした。

私事で恐縮ですが栃木県についこの間まで「氏家町」(現在は近隣自治体との合併後「さくら市」となりました。)という地名があり、東北自動車道では看板もありました。昔、両親から筆者の先祖の出身地であると聞かされました。大使公邸で青木大使から、「僕は人の苗字の由来を勉強しているのだが、君の先祖は決して高貴な出ではないが極端に低くもない。」と禅問答のような「ご神託」を頂きました。以来、心の端っこにこのことが引っかかっていました。今回このエピソードを書くにあたって色々検索して調べたところ、大使は同じ栃木県の「那須塩原市青木」のご出身であり(なお、父方、母方双方において外交官御一家でした。)、同じ栃木県下に存在する氏家姓についてもその由来を承知していたものと思われます。

【なかなか行けない国パート2】

ハバナ、キューバ
当時は未だ米国との国交が回復していませんでしたが、カリブ海に浮かぶキューバにはセミナーで二回行きました。貿易担当省からの参加者が何と日本関税協会発行の分厚い「実行関税率表」を持参して来ましたが、これは筆者のGSPセミナーでは初めて見る光景でした。米国がキューバ産品の輸入を禁止していたため、特産の砂糖やロブスターなどはカナダなどに輸出していました。セミナー期間中そのカナダからの実務専門家(プロゴルファーから転職したそうです。)の母親が重病になった由で、彼は至急戻らなければならなくなりましたが直行便はなく、また、隣国の米国を経由して戻ることも叶いません。宿泊ホテルに内々相談したそうですが、「詳しいことは聞かないでほしい。現金150ドルを用意して今夜△時にロビーに下りてきてほしい。マイアミ行きを手配する。」と言われ、彼には一刻の猶予もないので応じたそうです。翌日夜、オタワから筆者の米国人上司に無事着いたとの連絡が入りました。どうもセスナ機のような小さい飛行機で他の数人の客と共にマイアミ近郊に着いたそうです。にわかには信じがたいのですが、実際にあった話です。キューバの首都ハバナはノーベル文学賞受賞者の作家ヘミングウェイも一時期過ごした街です。彼が足しげく通ったバー(El Floridita)には行きませんでしたが、街中には1930年代に製造された米国車が未だ現役で走っていました。同じく30年代生まれの上司は、これらはcollector's itemだとはしゃいでおりました。他方、お土産に特産の葉巻を買ったことは言うまでもありません。

マナグア、ニカラグア
この中南米に位置し、ホンジュラスとコスタリカに挟まれた国の首都マナグアは、過去数回の地震(1972年12月の地震では9割近くの建物が崩壊し、2万人近くの人が亡くなったと言われています。)により壊滅的な被害を受け、政府は再建をあきらめ、首都の周りに新たな都市を作ったのだとの説明を受けました。空港から首都に向かう途中それらしき建物の崩壊あとを見たような気がしました。地震の「先進国」でもある日本からきましたので、関心を持たざるを得ません。貿易を担当する省の29歳のエリート職員がGSPセミナーをホスト側で仕切っていました。若気の至りなのでしょうが、参加者から政府を非難するようなコメントが出された際に、この質問を制止する一コマもありました。中南米や南米においては後に独裁政権と呼ばれる現象が多々起きます。ニカラグアも例外ではなく、ある一族が40年以上も国を私物化していましたが、1979年にはニカラグア革命(サンディニスタ革命)により倒されました。これも件の若きエリートから聞いた話ですが、独裁一家はレンガ様の大きさの硬古な石で豪華な道路を小高い自宅まで敷き詰めたそうですが、革命時に立ち上がった民衆がこの石を剥がし攻撃の材料に転用したそうです。自業自得ということでしょうか。

キングストン、ジャマイカ
この国では実際にはセミナーは開催してはいませんが、接続の飛行機の関係で7時間も待たなければならないとのことで、米国人上司などと共に町中に繰り出しました。標高二千メートル超の「ブルー・マウンテン」が町中から見えました。ここでとれる有名なコーヒーの八割は日本向けということでした。但し、統計によればコーヒー豆の生産は約三千トンに留まり、世界生産量の0.04%に過ぎないと言われています。マナグアと同じように当地も17世紀後半の大地震のあとそれまでの首都を放棄し、現在の首都キングストンを建設したそうです。その傷跡は当時でもありました。当地を有名にしたのは、1976年1月当地で開催されたIMFの会合で、それまでの固定相場制に終止符を打ち、国際基軸通貨である米ドルの変動相場制が承認されたことがあったからです。

グアテマラシティ、グアテマラ(Guatemala)
具体的なイメージは湧きませんが、地理的にはメキシコとホンジュラスに挟まれた国です。短期的に採用したGSPプロジェクトの秘書の出身地で、この縁でセミナー開催までこぎつけることが出来ました。メキシコなどと共にマヤ文明が栄えた地域として知られており、中でも有名なティカルの神殿などの遺跡を他の出張者と共に訪れました。メキシコと中南米ではアボカドが特産品としてありますが、日本で見られるメキシコ産のものとは異なる形のアボカドがフィリピンでも栽培されています。日本人ですので専らワサビと共に食しています。

ドミニカ国(Commonwealth of Dominica、旧イギリス植民地、首都ロゾー)及びドミニカ共和国(Dominican Republic、西インド諸島、ハイティと国境を接する、首都はサントドミンゴ、西にキューバとジャマイカ、東にプエルトリコがあります。)
そんなに離れていないところにこの二ヶ国があります。セミナーを開催したのは後者でした。当地には、西洋人としてコロンブスが1492年最初に上陸し、初のスペイン植民地になった歴史があります。セミナーはその500年祭の1年前の1991に開催したのですが、現地にはコロンブスのお墓があって(真偽は不明です。)、スペインと本家争いをしていました。

パナマシティ、パナマ
パナマシティでは太平洋側のパナマ運河の開始地点の上を通る長い橋を渡り、運河の途中の見学できる場所まで行き、中型船の運河航行の仕方を近くで見学しました。上るにしたがって後ろをせき止め、まるで箱型のプールの中に船が入り(隔離された水のエレベータのようでした。)、両側ではワイヤーで引っ張って前方に移動させていました。一旦頂上についたら、逆の作業をしてカリブ海側に出るものと思われます。運河の最高地点が海抜26mとされていますが、これが果たして高いのか低いのかはわかりません。また、今回調べてみてわかったことは1999年末まで米国が運河を管理していた事実です。これで、筆者が出張した時期にパナマ国内でドルがそのまま通用していた訳がやっとわかりました。

ワガドゥグー、ブルキナファソ(Burkina Faso、首都はOuagadougou)
この回の後半は、中南米、カリブ海が中心になってしまいましたので、アフリカの二か国で締めたいと思います。昔、地理が大好きだったのですが、地図上改名するまでUpper Volta(フランス語ではHaute-Volta)と呼ばれていた国にセミナーで行きました。西アフリカなのでフランス語圏です。北にマリ、東にニジェール、南にガーナと国境を接する内陸国です。セミナーでは民芸品(特定国のGSPスキームでは民芸品というかHandicraftsに対する特別な取り扱いをしている供与国がありました。例えば、米国のスキームでは繊維製品は特恵から除外されていましたが、繊維を使用した民芸品はGSPの対象とされていました。)を扱う貿易業者が参加していて、いくつかの質問を受けました。なお、この国は、台湾を承認している数少ない国です。

アディスアベバ、エチオピア
アフリカ最古の独立国と言われています。後発開発途上国で、実は海に面した地域がなく内陸国(land-locked country)ですが、人口は1億人を突破しています。確かインターコンチネンタルホテルに宿泊し、このホテルがセミナー会場だったのですが、初日の会議が終わりましたら、ホテル側から急にイスラム関係の重要な会議が開催されることになったので部屋を明け渡して欲しい、代替のホテルを探すから、とのことでした(セミナー会場については、そもそも参加者が少ないので継続して使えることになりました。)。問答無用で追い出されましたが、代替のホテルは、それはそれはシャビーでして、エアコンがなく扇風機のみでした。米国人の上司が一泊16ドル、筆者は12ドルの部屋をあてがわれました。上司はやることもないのでジョ二赤を飲んでいたのでしょうが、セミナーが終わってから、上司は筆者が酔っ払って講義をしたと皆に喧伝したため、そのようになってしまいました。「風評被害」は怖いですね。

【GSPセミナーとワクチン接種】

アフリカが出ましたので、最後に先進国への旅行には必要とされない各種ワクチンの接種について触れて、今回の締めとしたいと思います。世界各地に出張しますと国によってはワクチン接種が必要で、入国の際、WHO(World Health Organization世界保健機関、国連欧州本部から見てもっと高台の林の中に囲まれているような風情で細長い四角のビルが建っています。)が発行するパスポートサイズより一回り小型の黄色いカバーの10ページの小冊子 「ワクチン国際証明書」(International Certificate of Vaccination)の提示を求められます。出張先によって何が必要かは異なりますが、一般的には、コレラ(Cholera)、黄熱病(Yellow fever)、天然痘(Smallpox)、脳炎(Méningite)、日本脳炎(Encéphalite japonaise)、破傷風(Tetanus)があり、筆者は在任中これらをすべて接種しました(当時はその後被害が拡大したSARSやエボラ出血熱は起きていませんでした。)。日本脳炎はベトナムに行く際、国連欧州本部内の診療所から必要との連絡がありました。他方、ワクチンではなく錠剤で服用するのは、マラリア(Malaria)予防薬です(なお、予防接種ワクチンは未だ開発されていません。)。この錠剤の嫌なところは、出張前から飲まなければいけないこと、(筆者の場合)服用を続けると肝臓が腫れてきて不快になること、更に帰国してから4週間服用を続ける必要があることでした。日本に戻る直前にスイスの製薬会社だったかが出発二日前から飲用して滞在中毎日飲めば、帰ってから飲む必要がない薬を開発したとのニュースを聞きました。皆さま、途上国に行かれる際は必ず必要とされる予防接種等をご確認してください。

2018年7月31日 掲載
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