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原産地関係エッセイ・論文・講演資料

連載 第四十九話-ADB編への序曲(1)-

今回は、最初のトピックだけGATT絡みの話題に触れますが、以後は、筆者にとって第二の国際機関勤務となったアジア開発銀行(ADB:Asian Development Bank)におけるエピソードに本格的に取り組むこととしたいと思います。その導入として現時点のマニラにおける筆者の立ち位置について、まず触れていきたいと思います。

【米国のGATT交渉への参加】

日本からの「集中豪雨」と称された輸出が始まる1970年代後半、現EUの内部リポートで日本人はウサギ小屋(rabbit hut)に住む不思議な人たちと揶揄されましたが、これはその後の対日アンチダンピング攻勢(更に言えば、原産地規則を活用した第三国迂回防止措置の多用)の序曲でもありました。この頃から主要国との貿易摩擦問題を否応なくフォローすることとなりましたが、米国との関係では不思議なことが二つほどありました。一つは、GATTなどにおける交渉権限です。教科書的に言えば、米国では通商政策が憲法上(例えば、第8条第3項:諸外国との通商権限)その権能が連邦議会に属しているので、行政府というかそのトップの大統領は議会から交渉権限を取得しないとGATT交渉等に加わることが出来ないものと解釈される、となります。交渉権限を取得する際(権限の及ぶ期間が設定されます。)、行政府が交渉において産品セクター毎にどこまで譲歩してよいかその限度が規定されます。また、これには米国が交渉できない除外セクター(例えば、大戦略物資である石油類)も規定されると、時の関税局の「GATTの神様」から伺ったことがあります。一般に交渉の成果はその内容を確定するための署名が行われ、交渉参加国が自国の国内手続きに従って、国会や議会の批准や承認を得た後、寄託書などを届けたのち一定期間が経過しますと(通常は30日)その寄託した国について効力が発生します。

米国の場合、GATT交渉などの多数国間における交渉を経て微妙なバランスによってやっとまとまった成果が、議会によって一部修正が求められるケースが起きました。他の交渉国は困りますね。最近ではこのような弊害を取り除くため、議会は修正することなく全体を一括して承認するとの権限を別途取得するようになり、これは、1990年代まではファスト・トラック権限(fast track authority)と呼ばれていましたが、最近は貿易促進権限(trade promotion authority)と言われています。他方、日本のように総理大臣を戴く議会制民主主義国家においては、国家行政組織に関する法令に規定されているとおり、諸外国と交渉を行うのは行政府の当然の権能と思われているので(例えば、外務省設置法第4条(所掌事務):「日本国政府を代表して行う外国政府との交渉」や「条約その他の国際約束の締結に関すること」)、米国のやり方が奇異に映ったものです。

もう一つは、これは筆者の単なる感情論なのかもしれませんが、ある法案について米国行政府当事者があたかも他人事のように、議会が反対しているので我々ではどうにもしようがないとあきらめ、簡単に言い切ることでした。日本の場合、法案の提出までに国会対策を行う時間もあること(このため、行政府関係者は議員への説得など最大限の努力を払うのが通例です。)、そもそも、国会承認の「成算」があるので法案提出を行うのだ、という議論もありましょう。しかし、いまよくよく愚考しますと、あるいは日本のやり方が特殊で、米国型の方が「三権分立」の精神から言えば正統なのかもしれません。難しいですね。

【海外(移住)生活を考える】

思いどおりには行かないのが世の中の常ではありますが、一回きりの人生に悔いを残さないような生き方をしたいと考えている方が中年以降の方に多いものと思います。海外生活の可能性もその一つに入ると思いますが、筆者は結構海外での生活が長く、現在、ADB退職後もマニラに居残っていますので、筆者の経験も踏まえ、その一助となればと思い、海外生活の一例について触れたいと思います。定年退職して家でぶらぶらしていて当然のように昼飯を要求すると、ワイフにとっては大きなストレスとなるらしいのです。現役中はサラリーを運んでいましたので我慢してもらっていたものの、今は粗大ごみ以下になっていることが分かっていない主人が多いことも事実のようです。この年になるとワイフもお付き合いやら習い事教室、フィットネスなどがあって、これらの予定を粗大ごみのために変えたくないはずです。しからば、お互いウィンウィンの発想で筆者は慣れ親しんだ外地で自由気ままに、一方、ワイフも粗大ごみから邪魔されることもなく、子供の世話も卒業したのでエンジョイするのも平和的な解決方法の一つではないでしょうか。年に数回、数か月会って、美味しいものを食べ、温泉旅行などをすれば久しぶりなので喧嘩することもないし、足腰が丈夫なうちはこれも一つの生き方と考えるようになりました。

海外(移住)生活を考えるにあたり、人それぞれ種々の動機があると思います。例えば、定年に向けてご夫婦でもっと豊かな生活をしたい、日本では生活が大変だから途上国での生活で安定をはかりたい、日本の介護では満足できない、将来の不安がある、日本では出来なかった趣味やボランティアを経験したい、違った環境の中で生活をしてみたい、などが考えられます。海外(移住)生活期間に関しては、期間を決めての移住を考えている、体が動く時期だけの移住にしたい、年のうち半分だけの生活で日本との往復をしたい、などこれまた様々でしょう。生活の質というか、日本人にとって重要な要素の食材の調達については、日本食材は海外では輸入品なので日本での価格の二倍から三倍はしますので、経済的に余裕がある人は別でしょうが、日本の食材を購入して日本食中心の生活は出来ないと考えたほうが無難かもしれません。現実的な工夫としては、地元の食材をベースに日本料理を作るようにして、調味料だけは日本のものを使用することが考えられます。

考慮すべき検討項目は、以上の他に自己の海外生活の目的達成に最も近い国の選択、治安の面、居住に際しての法的基礎、住まいの選択、健康保険と医療、食生活(自炊)、運転、言葉、その国の伝統と文化を受け入れることが出来るか、などがあると思います。海外移住先における退職者移住優遇制度と便益、要する費用などについては、結構、ガイド本が出ているようです。アジア地域だけでも、例えば、GACKTも住んでいるマレーシア、日本人に人気のある仏教国タイのバンコクやチェンマイ、ブームは去ったとはいえ人気のオーストラリア、筆者が選択したフィリピンなどがあります。筆者は何も死ぬまでマニラに住もうとは毛頭考えてはおりません。足腰丈夫なうちは海外でもいいけれど、杖などが必要になれば話は別で、日本に住むところを持つのがベストだと思っています。現地生活の肝心なところとしては、他人の世話にならないで自分で殆どのことが処理できること(例えば、掃除、洗濯、光熱費の支払い、公的書類の提出、免許証更新、車検等)にあると思います。自分一人で自立的に処理できることは楽しいものです。他人任せにしますと拘束され自分の予定に影響が出ます。これは現地では大きなストレスを生みます。更に言いますと、自分で食材を選び、自分の好きなように自炊するのは気分転換にもなりますし、ストレス解消にもなりますし、かつ、時間つぶしにもなります。自分のための料理に徹してしまえば、料理は決して難しいものではありません。

難点を上げると限りがありませんが、その対極であるフィリピンの長所については、例えば、簡単な英語で普通の生活では問題がない、病気になっても日本に4時間もあれば着きますので近い(JALやANA便が毎日二便飛んでいます。ANAは羽田便もあります。)、食生活が日本に近い(米食、魚に野菜、もちろん獣肉も。食材は自分で探せる。)、海外から結構物資が入ってきている(欧州からの各種のチーズ、生ハム・サラミの専門店もあります。但し、電化製品などは近隣諸国からの粗悪品に要注意。)、インターネットは日本ほど早くはありませんが情報がすぐに入る(フィリピン各地に住んでいる日本人のブログは当地に関して貴重な情報源です。)、一等地を避ければ住居の供給に問題はないので割安で借りられる、などがあげられます。難点としては、物事がすべてスローで時間がかかる(例えば、住んでいる部屋に不都合が生じた場合の修理など)、マニラ首都圏では交通渋滞が半端ではない、マラリア、デング熱や狂犬病の恐れが常時ある、治安面(日本でも夜間歓楽街、細い路地などヤバイところに行けば同様な問題はあるでしょう。要は君子危うきに近寄らずの精神で過ごすことが肝要です。)、一般の日本食レストランはしょせん「もどき」料理と考えた方が無難であって料金だけが日本に負けないくらいと言えます、チップの習慣がありますがこれも慣れれば問題はありません、こんなところでしょうか。

【筆者のマニラ滞在の実情】

先ず、一番重要な要素である滞在の法的な根拠から書きます。フィリピンには政府機関の一つとして「フィリピン退職庁」(PRA: The Philippine Retirement Authority)と呼ばれる組織があって、外国の退職者の移住を広く誘致しています。申請の際、要件の一つとして年齢に応じて銀行に預ける金額(deposit、なお、これは住宅の購入などの投資に充てることが出来ます。)が異なりますが、本国で犯罪歴がないことの証明書を提出し、健康診断をクリアーし、また、年金など一定額の収入等があれば、SRRV(Special Resident Retiree Visa:「退職者用特別居住ビザ」とでも訳せましょうか。)と呼ばれる終身の滞在ビザが取得できます。特典として一定額までの免税輸入、出入国手続き規制からの免除が認められることなどがあります。申請者が元外交官や国連やADBなどの国際機関の職員であった者については、低額のdepositでSRRVを取得することが出来ます。筆者はこのスキームでADBを退職する間際に終身ビザを取得しましたが、本当にラッキーなことでした。これがなかったとしたら、退職後マニラには継続して住んでいなかったものと思われます。

次に大事な要素は住まいです。ADB退職以来、ADBから歩いても15分圏内に当地ではコンドミニアムと呼ばれる集合住宅の一ユニットを借りています。4棟あって全部で1,500戸はあるでしょうか。筆者の借りている部屋は一番狭いユニットですが、それでも広さは78m2でベッドは一つ、十分広いキッチンがあります。駐車場が一台分付いており、ガードマンが24時間体制で勤務しています。ADBはマニラの中心地であるMakati市と昔の首都Quezon市の中間位に位置し、近くにはEDSAシャングリラホテルや大きなショッピングモールがあります。ADB単身勤務時代は週二回程度の通いのメイドさんを雇っていたのですが、些細なものが無くなり(欲しいと言われれば喜んで上げる程度のものです。)、大事に至る前に契約を終了しました。現在は運動を兼ねて、また、そんなに広くもありませんので自分で掃除・洗濯をしています。もう一つの有力な選択肢である一軒家を借りることも可能ですが、当地ではしばしば、停電や断水が起きます。その点、コンドミニアムであれば、停電の際の発電機の稼働や断水に備えて屋上に貯水タンクを備えていますので問題ありません。また、治安面についても、24時間体制でガードマンが勤務していますし、駐車場も建物の内部、コンドミニアムの低層に設置されるのが通例ですので、比較の問題ですが、より安全と言えると思います。このあたりは個人個人の「趣味」に属するもので、例えば、家庭菜園、お花畑、趣味の蘭に懲りたいという事情があれば庭付きの一軒家でなければ対応ができません。

次に大事な考慮すべき要素は、病院と健康保険です。筆者、大きな声では言えませんが、我が家特有の持病を抱えており、ADB勤務時代からADBの診療所にお世話になっておりました。ADB担当医がシャングリラホテルに隣接されているモールにあるクリニックにも勤務しているので、退職後はここに通って薬を処方してもらっています(退職者はADBの診療所を利用することは出来ません。)。もう何年も服用していますので、最近では一回の処方箋で200日分の薬を書いてもらっています(大雑把です。尤も、薬局では100日分しか貰えませんが。)。ADBの勤務が10年を超えた職員には、退職後も毎月の掛け金を払う必要があるものの、継続してADB退職者用の健康保険に加入することが出来ます。これは殆どの国で使うことが出来ますので、日本の健康保険に加入するメリットはありません。はっきり言って、ADBには足を向けて寝ることはできません。マニラ首都圏には大きな総合病院が結構あります。米国で勉強してきた医師も数多くいると言われています。ただ、日本のように健康保険が充実しておりませんので高額となります(PhilHealthと呼ばれるスキームがありますが、日本の健康保険には遥かに及びません。知人に聞きましたら、基本的に通院には適用はなく、入院した場合に使えるとのことでした。)。因みに、筆者の部屋から「Medical City」と呼ばれる見るからに医療費が高そうな総合病院の大きな建物が見えます。以下次号。

2018年9月14日 掲載
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