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連載 第五十三話-ADB編(3)-

ADBへの導入部分としてその全体像に関連する周辺情報を二回にわたり触れましたが、今後、書き残したことが出てきましたら、それらをまとめて後日改めて追加したいと思います。今回からサブに入りますが最初に筆者のADBにおける職歴から言及したいと思います。

【ADBにおける職歴】

ADBに1999年に入行してから2011年に退職するまで都合12年と3ヵ月在職しましたが、勤務部署はたった三ヶ所のみでした。最初の部署はERD(Economics and Research Department: 経済研究局)で8年1ヵ月在籍し、上司は局長ランクでも古参に属するチーフエコノミストでした。ここでは、WTOなどの国際貿易の調査、WTOでドーハラウンドが開始されてからはこれに関連した技術協力案件の企画立案、執行と報告、国際租税問題を扱う技術協力案件(Tax Conference)の企画立案、執行と報告が主要な事務でした。多分、筆者のみがこの局ではPh.D.を保有しない職員だったと思います。局の名称からして、他は皆やはりEconomistでした。この局の「売り」はADBの旗艦文書(flagship document)であるADO(Asian Development Outlook)の刊行でありましたが、ハイライトは何といってもADB域内国の経済成長見通しの発表にありました。OECD、世銀やIMFも同様の見通しを発表しています。筆者の場合、間に仕える課長がおらず、直接、局長(Chief Economist)が上司でしたので局長の雑用的な案件やADB日本事務所(JRO: Japan Representative Office、現在は金融庁の隣の霞が関ビル内にオフィスがあります。)からERD所掌事務に関する照会の処理などの事務もしていました。

私事にわたる事項で恐縮ですが、ADBの人事政策の一つに新規職員について入行から2年半経過時あたりに所属局長が人事と相談して当該職員を常勤として雇用するかどうかの決定を行います(常勤職員になることをADBではregularizeされたと言います。)。筆者には常勤でOKとの通知がありましたが、当時は、関税局からの派遣職員として出向の身分でしたので局の人事担当に連絡をしました。派遣期間の満了の3年経過時に局に戻るか又はADBに残るかの選択を行うよう内々の示唆があり、筆者はADBに残留することを決めました。この時点で公務員生活を終えることとなりましたが、国家公務員法上職員は勝手に辞職することが出来ませんので、所属大臣あて一身上の理由による辞職願(自己都合による退職)を提出し承認を得る手続きが必要でした。51歳でした。なお、蛇足ながら、筆者の場合、ADBからは3年間のfixed termの契約となっていました。他方、2年半経過時に残念ながらNoと言われた職員の場合には残りの6か月で転職の活動を行うこととなります。

8年の間在籍して、目立った論文は二本しか書いていません。ERDには、外部に発表する手段としてERD Working Paper Seriesと呼ばれるものがあって、これに、「原産地規則」と「貿易円滑化」を載せています。ADBの一番重要な業務は融資案件の開発、企画立案と執行にありますので、優秀で将来を嘱望される職員は、域内途上国を担当する地域局(東アジア、南アジア、東南アジア、太平洋などの地域局があります。)に勤務してこの本来業務に従事します。職員の多くが経済分野をバックグラウンドにしていますが、法律の専門家集団から構成される「法規部」(Office of General Counsel)が異色です。ここでは、外部に発出されるADBの公文書の法的な側面からのチェック及びこれは稀ですが職員がADBを訴えた案件の処理を行います。他に重要な局は、財務局(Treasury Department)とSPD(Strategy and Policy Department: 戦略政策局)があって、後者は、将来ADB業務に大きな影響を及ぼすような潜在的に重要な案件の調査を行う部署です。SPDは他の国際機関との関係ではADBを代表する窓口局となります。他の国際機関とのMOUの交渉もSPDが行います。

ERD在籍中、別の課勤務でしたがオフィスがたまたま隣であったフィリピン国籍のIS(専門職員:International Staff)がおりました(Dr. Ernesto M. Pernia)。課長に届かず一歩手前で退職されましたが、その後、フィリピン国立大学(UP)で経済学の教授をしていました。新大統領のドゥテルテ氏が就任時の閣僚名簿の発表で、氏は昔の日本でいう経済企画庁長官(NEDA: National Economic and Development Authority、国家経済開発庁)に指名されました。日本政府がフィリピン政府支援強化を行う決定をしましたので、氏は日本での会議などに出張しています(筆者の近くにいた人は皆、筆者を除き、出世しますね。)。補足ですが、ADBでは、ISは個室勤務となります。上級職員になると窓側、最初は中庭しか見えない部屋というように昇格するごとに勤務環境がよくなります。他方、補助職員はオープンスペースで勤務します。ADBのISは恵まれていると思います。国連では、一人の補助職員(秘書)が数名の専門職員をサポートしていますが、ADBの場合多くても2名位でしょうか。これは、高学歴の国ではありますが失業率が高いということで、優秀な人材がリーズナブルな給与で雇用できるためです。蛇足ですが、ADB設立の際、日本も本部誘致にむけ立候補しました。マルコス政権下の時代でしたが、結局、ADBの本部はフィリピンに決まりました。英語が駆使できる優秀な補助職員の確保と言う一点のみを捉えるなら、フィリピンが本部となって正解であったかもしれません。

次の部署は、東京は霞が関ビルにあるアジア開発銀行研究所(ADBI: Asian Development Bank Institute)に2年4か月在籍しました。研修部に属して主に国際貿易、国際租税、税務に関連した技術協力案件を担当しました。邦人職員は所得税免税を享受できないので毎年確定申告を行いましたが、初めてE-Taxを活用して納税申告をしました(邦人職員数が少ないので源泉徴収は行われておらず、個人個人が確定申告を行うシステムでした。所得税と住民税はリンクしていますので住民税も支払っていました。多分、税務署による税収を確保する目的と思いますが、二年目には「予定納税」をしていました。これは、前年の所得を基礎として前もって想定税額を支払うもので、確定申告が通常のサラリーマンに12月に行われる年末調整に相当しました。)。一度、マニラ本部で開催されたセミナー(セミナー自体は問題なく終了したのですが、おりしも台風がマニラを直撃し、乗る予定の飛行機が飛ばないことから一日遅れで帰国となりました。ことの顛末は後日のエピソードに詳しく書きたいと思います。)に参加しましたら、時の予算人事局長の秘書からメモが入り、早速、伺いましたら、局長から3ヵ月以内に本部に戻られたし、とのことでビックリしました。

このような顛末により、筆者にとって三つ目で最後の部署となったRSDD(Regional and Sustainable Development Department: 無理して訳すと「持続可能な地域開発局」とでもなるのでしょうか。)で1年8ヵ月を過ごしました。予算人事局長がそれまで税務分野を所掌する局の所属が決まっていなかったところ、この局の担当とすることに決めたため、ここでは主として国際租税を含む内国税分野の担当となりました。国際租税など税制については、国際機関としてはOECDやIMFが先端の研究を行っています。ところが、信じられないことに、地域開発融資機関たるADBには、職名として「Tax Specialist」を有する職員は創設以来ただの一人もおりませんでした(税務担当職員がいないわけですからもちろん税務担当係などもありませんでした。)。

途上国は先進国からの政府開発援助(ODA: Official Development Assistance)を未来永劫期待することは非現実的であり、長期的には自国の税制を改革し、かつ、徴税能力の向上を図ることにより、開発のための財源を自前で調達するべきものと考えられます。この意味で、多分、予算人事局長の構想として、将来的にはADBにもTax Specialistを置く考えであったのではないかと思われました(このあたりも格好のエピソードの「トピック」になりますので後述したいと思います。)。この意味不明な局の歴史は浅く(この局は、頭の中の整理では前出のSPDが政策にわたる事務に特化し、それまでSPDが行ってきた実務業務を新しく創設する局、RSDDに任せようとの考えであったと言われています。ただ、筆者の見るところ、新たな局設立に伴う職員増員のために採用されたISの多くが世銀からの応募者で埋められました。実際問題、新規職員の採用に当たっては、同じ開発金融を扱う世銀出身からの応募者が有利なのです。)、筆者は今でも十分にこの局のマンデート(所掌事務と権限)を理解できてはおりません。尤も退職後、組織改正が行われこの名前の局は現在存在していませんので、悩みの種は無くなりましたが。

【ADB勤務あれこれ】

夜学でMBAを取得したエピソードに触れます。ADBに入行してから暫くしましたら、ワイフから時間があるのだから何か自分のためになることをした方がいいのではとの「教育的指導」があり、当時、ADBが日本でいう早慶に相当する当地有名私立大学数校とMBAコースのADB内開設事業を推進しており最終的にAteneo de Manila大学となりました。行内で選抜試験があるとの由で受験し、結果、認められ通うことになりました。「教室」(実際は小会議室)はADBが提供し担当教授陣がADBに通うという仕組みで、週2回、休憩が入りますが夕方5時から9時までの4時間の授業で卒業まで2年半要しました。ADBの公的な事業と言うことで授業料とテキスト代には75%の補助がありました(途中でギブアップした受講者は補助の返還が求められました。)。当時のレートに換算しますと自己負担10万円強で取得できましたが、例えば、早稲田大のMBAコースだと当時で150万円位は必要と取得した友人に聞いたことがあります。ともあれ、50歳を過ぎてからのMBAの取得は、筆者にとっては大きなチャレンジでしたが、運よく終了まで持ちこたえることができ、また、嬉しいことにシルバーメダルまで頂きました。授業の前半はまだいいのですが、後半の二時間は教授の英語が単に右から左に抜ける感じで流石に年齢を感じたものです。なお、ADBにはキャリアアップのため更に上の教育等を希望する職員には、上限を3年とした一種の研究休暇制度(sabbatical leave scheme)があります。研究終了後、ADBに復職できますが、研究期間については給与の支払いはありません(このためleave without payと呼ばれています。)。

授業では米国の最新のテキストが使用されましたが、とても分厚いものでした。一つ鮮明に覚えていることがあって、それは当時の経営学の理論では中間管理職層を極力薄くして、つまり、組織のヒエラルキーの段階を少なくして経営上の決定事項の迅速な実行を図るという「flat organization」の考え方が主流でした。翻って、組織としてのADBを見ますと、この考え方に逆行して副総裁の数を増やしていたのでした。ADBは純粋な営利企業ではないので単純な比較はできないとは思いますが、融資と言う「商品」を提供しそこから得られた利子・手数料で職員を賄っているという点では経営に相当するものとも思われ、理論と実際の差異についての良きサンプルになりました。当初20名位でスタートしましたが最後まで残ったのは16名位だったでしょうか4名のISの他は補助職員でした。その中に総裁室の補助職員がいて筆者にとって貴重な情報源が増えました。

実はフィリピンに日本の大手の植毛メーカーが進出しておりますが、この商売は(部分植毛などを除き基本的には)個人個人の頭の型取りから始まりますので量産というよりは個別注文を受けて取り掛かる業界です。この事業を小論文のテーマとしました。雑学ですが、毛髪の世界的に有名な市場が中国青島にあるそうです。また、この会社では主力がタイの工場とのことでしたが、フィリピン女性の毛髪の良さが進出の大きな理由ですかとお伺いしたところ、責任者はフィリピン女性の目が良くて細かな作業に適しているから、というものでした(補足すれば、フィリピン女性の髪の毛はストレートに伸ばす人が多いのでそこはいいのですが、細い髪の毛のため強度に欠ける嫌いがあるということでした。)。工場見学では200名近くの女性工員が黙々と髪の毛一本一本を丁寧に植え付けていました。卒論は自動車用のエアコン生産をとりあげ、実際に日本の某メーカーを紹介いただき、工場に二回ほどお邪魔しました。A-4で最低30枚以上の卒論に加え、その概要をパワーポイントで説明し質疑応答して終了でした。実際の卒業式には業務の関係で出席は叶いませんでしたが(メインキャンパスで通常のコースの卒業生と一緒の式でした。)、その随分前にあの独特の卒業衣装と帽子を着用しての撮影会があって皆和気あいあいでした。カリキュラムの中にはこの大学を卒業され功成り名を挙げた名士、例えば、元文部大臣や元国税庁長官による教養講話などがあり、有意義かつ楽しいものでした。以下次号。

2018年11月16日 掲載
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