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連載 第五十六話-ADB編(6)-

【ADBI勤務あれこれ周辺情報】(続き)

UNCTAD時代の12年間にはこのような事件は一切起きませんでした。よりによって、日本のそれも東京で起きるとは。翌日には主催者側の責任者として新聞に出るだろうな、と帰りの電車の中で思ったものでした。その一方で、ADBやADBIの名前が出ようが、この女性には筋を通して頂き警察に告訴してもらいたかったことも事実でした。以下は、後日談です。

この問題を起こした参加者からは、実はセミナーの開会式が終わっての休憩時間に、翌々週にADB総裁がこの中央アジアの某国を訪問するが歓迎レセプションで会う予定である、旨聞かされていました。このためマニラに戻っていの一番に内々総裁補佐官に事の経緯を口頭で報告しました。部屋に戻って来た直後、チーフエコノミストが筆者のオフィスに偉い剣幕で飛び込んできて、ことの経緯の説明を求められました。当時のADBI所長は豪州人でしたが、補助職員から聞いたものと見えて、チーフエコノミストに連絡が入ったのでした。親告罪を何と英語で説明したかは失念しましたが、日本において法律的には公式には何も起きなかったことになったため、敢えて報告はしませんでした、と釈明しました。総裁出張にはチーフエコノミストの友人である担当地域局の局長が総裁に同行する予定とのことで、二人でこの局長に説明に行きました。笑いをこらえきれなかったのは、翌年の筆者のコーディネートしたTax Conferenceには、(所長のご意向と思われましたが)ADBのセクハラに関するガイドライン文書が席上ADBIから自発的に配布されておりました。セミナー参加者からセミナーのトピックである税務には全く関係のないものなので、これは何でしょうかとクラリフィケーションがありましたが、とっさには答えられず窮しました。

ADBは多くの潜在的な応募者が勤務してみたいと思うような、ロンドン、パリ、ジュネーブやNYに相当する都市に位置しているわけではないので、優秀な有資格者に応募して頂けるようにサラリーと言うか年俸とは別に、種々のベネフィット(英語ではfringe benefitといい、一般に給与以外の経済的な利益を意味します。)を厚くして少しでも魅力的な勤務条件にしています。例えば、国連の場合、自国への帰省というか、ホームリーブの権利は2年に一度でしたが(細かいことを言えば、自国に最低2週間滞在することが求められていました。)、ADBは毎年認められていました(最低滞在義務はありません。)。教育手当(Education Grant)については、国連の場合、当時は授業料の75%相当について7,500ドルを上限に認められていましたが、ADBの場合、国ごとの上限額は設定されてはいたものの、実行上授業料の全額が支給されていました(最近、見直しが行われ、厳しくなったようです。)。但し、過去に子沢山の申請のケースがあったようで、検討の結果、3人が上限とされていました。また、ADBIもそうですが自国民(この場合はフィリピン国籍保有者)には教育手当は支給の適用はありません。もっと言えば、ADBは、有資格の子弟が24歳の誕生日に達する日まで支給します(つまり日本で教育を受ける場合には、修士課程まで支給されることになります。国連の場合、修士までは支給はしない規定となっています。)。

更に、家賃の補助についても、国連の場合はサラリーの水準を考慮する場合、その4割は家賃に充てられることを前提として俸給表が作成されていましたので例外的な場合を除き補助の対象とはなりませんでした。他方、ADBの場合、全職員に支給されており、ランクに応じて賃借の上限額が決められてはいましたが、家賃の補助率が異なっていて、若手職員に厚く設定されていました(現在は仕組みが変わったそうです。)。翻って、ADBIでは、外国人職員には無条件で提供されていましたが、邦人職員にはADBIまで半径60キロ以内に自宅がある場合には支給されませんでした(筆者は残念ながら60キロ以内でした。)。他方、本部のあるマニラとのcost of livingの差を考慮して、一律に「調整給」が追加支給されていました。但し、筆者の場合、この調整給はすべて所得税に消えてしまっていましたが、大きな持ち出しにはならないということで、これはこれでよしとしました。

【ゴルフ余話】

シリアスな話題からくだけたものに変えたいと思います。30歳そこそこで国連勤務になり、それまでは金も暇もなく、また若くして結婚をしましたので、ゴルフはフィリピンで始めました。ドライブレンジで二度ほど練習しただけで直ぐにグリーンに出ました。ドライブレンジでは、筆者が「もぐさボーイ」と名付けましたが、ボール一個一個をもぐさのように土で盛った上に置いてくれるのです。プレーヤーはそれを打つわけです。贅沢ですね。フィリピンには若年労働者が有り余っているようで、人件費が安くこのため「合理化」は敵のようでした(ADB時代は友人とテニスをしましたが、コートには「球拾いボーイ」がいて、驚くような低料金で拾ってくれるのでした。)。これは感覚的な比較ですが、ゴルフとテニスとの関係は、冬季のスポーツであるスキーとスケートに相当するように思います(筆者は北海道の高校に通ったのですが、冬季の体育の時間は近くにスキーができる適当な山がなかったことから、スケートでした。2時間が1ユニットでした。)。

現在は再開発され、超豪華なマンションが建ちならぶニュータウンに変貌しましたが(ボニファシオ・グローバルシティと呼ばれ、現在、マニラに住む外国人の一番の人気スポットです。)、当時は住んでいたコンドミニアムから車で5分くらいのところに陸軍の演習場があり、これに隣接してゴルフコース(Bonifacio Golf Course)がありました。グリーンフィーは国連職員の場合、外交官価格で10ドルでした(当時は1ドルが約250円でした。)。他方、マニラ国際空港に隣接していたのは空軍敷地内のパブリックのゴルフコース(Villamor Golf Course)で、ここは少々値が張りました。当時はコースに到着しますと200名はいるキャディから一人を選ばねばなりませんでした。すべて男性で、当時は、某商社現地代表であった若王子さんの誘拐事件で有名になったカンルーバンの36ホールのゴルフ場(Canlubang Golf Course、当時でさえマニラから車で優に1時間はかかりました。)まで行かないと女性のキャディはいませんでした。

以前、池に落とすと「ポチャン」、高く打ち上げると「天ぷら」とキャディから言われると書きました。当時は二人のプレーヤーでも、また、平日なら一人でもプレーが可能でした。贅沢ですね。「お上りさん」のゴルフはすぐにわかりました。やたらと取り巻きが多いのです。タオルボーイから始まって、傘ボーイ(雨傘兼日傘)、カメラボーイ、個人のボディガードで一人に最低4人、二人でプレーしても都合10人で回っていました。キャディから韓国人女性と日本人女性プレーヤーの見分け方を聞きました。長袖で回っているのは韓国人で、一方、半袖でプレーしているのは日本人の確率が高いとのことでした。日焼けに対する対応の差でした。一度、ホールインワンを達成しました。といっても、打ち上げでホールが見えないため、キャディが先に上って行ってOKを出してくれましたが、右に打ったのに左のカップに沈んでいました。いわゆるチップ稼ぎですね。雨季はプレー中に雷が鳴って途中で中止を余儀なくされたことや、また、乾季は芝が枯れるくらいになるので、ゴロで転がした方が距離が伸びるため、500ヤード近いホールでも第二打でオンすることもありました。歓迎されない「珍客」、例えば、川イグアナの仲間や40センチ大のオオトカゲに遭遇したこともありました。ワイルドですね。

【日本政府出資による税関近代化事業】

2010年のAPECプロセスにおいて、横浜で蔵相会議が開催され時の財務大臣から、ADB加盟途上国の税関近代化を達成する事業を実施するため今後5年間で最大25億円をADBに拠出し、そのための基金を設立する旨のプレッジがありました。具体的な支援内容についてはWCO、関税局、JICAに派遣されている日本の税関職員と連絡を密にして、企画することとされました。本件を担当するため、関税局から出向者が来て、現在二代目が従事しています。筆者もこの基金を原資としたプロジェクトの一つに従事するコンサルタントして1年近く関与しました。その内容を一言でいえば、ASEANのうち、主にインドシナに位置するメンバーを対象に「通し時間調査」(簡単に言いますと、貨物の到着から始まり、他法令に該当する場合は所要書類の取得、税関への申告、貨物の検査、納税、税関からの許可、最後に倉庫からの搬出までの各段階における所要時間を測定するというものです。この調査を行うことにより、どこの段階に多くの時間が割かれているかが判明し、善後策の検討に資するものです。)を実施し、当該国の税関が直面する重要課題のボトルネックを抽出したのち、それらへの対処案について当該国で実施可能となるような貿易円滑化措置のメニューを提言するというものでした。

実は、マレーシア税関出身でWCO勤務の経験もある職員が前任のコンサルタントとしてこのプロジェクトに従事していました(筆者がAPECを担当していた時、知り合った職員でした。)。ところがこの職員が途中から世銀のプロジェクトも引き受けてしまい、十分な業務遂行が困難となってしまいました(ADBにおけるコンサルタントに適用されるルールでは「兼業」は認められています。)。このためADBは遅滞しているこのプロジェクトを延長された期限内に終了すべく日本の税関職員としての経歴を有し、かつ、ADBのルールを承知している筆者に結果としてお鉢が回ってきたのでした。ADBのロスターには退職時、個人で登録しておきましたが、担当課では、10名近くの候補者をリストアップし担当課長とのインタビューというか面接も行われました。このため筆者の業務は前任者の事績を点検することから始まり、プロジェクト文書に書かれている事業計画と突合して、未処理分の実行計画を練り直しました。なお、ADBにはプロジェクト活動を律する一般的かつ詳細な規則がありますが、日本国政府が出資するプロジェクト案件については、ADBの規則に加え、日本国政府が定める特別な政策目的を実施するための別途のルールが存在します。筆者の現役時代のプロジェクト案件の多くが日本国政府出資のものであったため、この面についても精通していたことは採用に有利に働きました。

望外にもタイ、ミャンマーやカンボディアに出張する機会が与えられ、旧知のJICA税関専門家にお会いすることができ、楽しい勤務・経験となりました。貿易円滑化措置のメニューには、貨物到着前事前審査、事後審査制度との組み合わせによる事前許可、包括申告制度、いわゆるAEO(Authorized Economic Operator)制度に基づく事業者の認定制度、通関事務等の完全電算化などがありますが、これらの基本的な枠組み・仕組みはWCOが提供しています。このプロジェクトのコンサルタントを経験して一つ痛感したことは、日本も試行錯誤と多くの時間を費やして改善を続けた結果現在は完璧なものになっていますが、意義のある「シングル・ウィンドウ」の構築の必要性でした。通し時間調査を分析してみて、日本でいう他法令を担当する省庁との円滑な調整が行われれば、大幅に通関時間が短縮されるであろうことは確実と感じました。

2018年12月27日 掲載
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