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原産地関係エッセイ・論文・講演資料

連載 第五十九話-ADB編(9)-

【ADB・ADBIにおけるセミナー活動に関連したエピソード】

ADBI勤務時代には、特に、研修部に所属していましたので、実質的に年に最低4件のセミナーの企画はノルマと言っていい程でした。ADB勤務では前述のTax Conferenceに加え、WTO多角的自由貿易体制、ドーハラウンド関連、税関におけるtrade facilitation関連セミナーを企画していましたので結構な数になりました。しかし、本ブログではUNCTAD時代のセミナーをかなり詳細に綴りましたので重複の愚を避ける見地から、今後、際立ったエピソードのみを厳選して触れていきたいと思います。

【カーラ・ヒルズ(Carla Anderson Hills)元USTR女史が参加したハイレベル会合:於大阪】

自由貿易論者であるカーラ・ヒルズ女史は、ジョージ・ブッシュ政権下で閣僚級ポストである通商代表(USTR: United States Trade Representative)を務めWTOの発足やNAFTAの成立に尽力しました。現在は、Hills and Companyの会長をこなす傍ら、国際関係に影響を及ぼす組織・委員会の役員を務めています。WTOドーハラウンド主要交渉分野の進展と課題に関するハイレベル会合を企画するにあたり、考慮すべき要因がいくつかありました。一つは開催場所の選定でしたが、関経連(関西経済連合会)から大阪における国際会議開催の希望があったそうです。また、当時の大阪府知事は経産省出身の太田房江女史でしたので、ハイレベル会合主賓の基調講演(keynote speech)を行う専門家が国際貿易分野の著名な女性であれば、ニュースバリューが上がりプレスの取り上げ方の増大も大いに期待できました。そこで、カーラ・ヒルズ女史に的を絞り、筆者のあるだけの伝手を駆使して水面下で折衝しました。

幸いなことに企画の趣旨に賛同をいただきましたので、女史の参加自体には問題ありませんでしたが、ADBサイドの懸念は招聘に当たり女史への「待遇面」であって、具体的には、フライトのランク(ファーストかビジネスクラスか)と謝金の水準でした。カーラ・ヒルズ女史は閣僚経験者ですので、このランクの著名人を招聘する場合のADBルールを調べました。想像していた通り政府関係者、大学の教授、実務家などについては、フライトのランクと謝金についてのガイドラインがありましたが、他方、閣僚や閣僚経験者については、イベントの趣旨、財源の出所と規模、参加者のランク、開催時の情勢などを総合的に勘案してケースバイケースで決定するものらしく、明文のルールはありませんでした。要は、起案する局とプロジェクトの資金を管理する局との協議によって合意された水準に収まるということに他なりません。一旦、明文規定を置いてしまいますと特殊な条件下における例外扱いが出来なくなりますので、「著名人」や「高官」に対する待遇を柔軟にしておくADBのやり方は賢明な方針だと思っています(類似のケースはERDが主催するEminent Speakers' Programにおいて、2001年のノーベル経済学賞受賞者でIMF政策を攻撃する急先鋒として知られるスティグリッツ教授(Joseph Eugene Stiglitz)を招聘した際に起きましたが、これもケースバイケースで処理したと聞きました。このクラスの人物になりますと複数国における一連の講演をカバーしますので、スポンサーの数の多さもあって、ある意味割安にはなります。この時もマニラに来る途上、日本等で講演をされていました。)。この二つの重要要素の水準については何回かの接触を経て、先方に相当の譲歩をして頂きました。

想定していた通り、二人の著名女史の開会挨拶後のpress conferenceにおいては結構なプレスの数が集まり盛況裏に終始しましたので、企画したものにとっては報われたものとなりました(なお、ADBサイドのトップは担当副総裁でした。)。ADBの内部オフィシャルサイトには各局が行った日々の主要活動を紹介する欄があって、初日終了後ハイレベル会合の概要原稿をADBの対外関係室(OER: Office of External Relations、当時のOERトップはCNN香港オフィスに勤務していた女性キャスターがADBに転職されていました。)に送付しました。ここまでは良かったのですが、その夜、国際局担当課から電話が入り、すごい剣幕で開会式におけるカーラ・ヒルズ女史の基調講演内容について詳細に聞かれました。先方の言い分は、本件ハイレベル会合中カーラ・ヒルズ女史がドーハラウンド交渉において、日本が農業分野において消極的な対応をしている旨発言したというのです。これが、関西系列の夕刻のTVでニュースとして流され、これを見ていた農水省近畿農政局が本省を通じADBを所管する財務省国際局に注意を喚起したのでした。主催者の一員としてカーラ・ヒルズ女史の原稿を事前に入手し内容を確認して、国際局に参考として送付していました(筆者は開会式の司会を務めましたので、実際の基調講演もつぶさにフォーローしましたが、原稿通りの発言であり問題となるような箇所はありませんでした。)。このニュースを取材したプレス記者がマスメディアにありがちな物事を誇張して報道したことが原因でした。ともあれ、翌日の二日目からは近畿農政局職員2名が会合にオブザーバー参加をすることとなりました。当方としては日本における農業が如何にセンシティブな分野であるかを十分承知しており、些細なことでもこれ以上の問題が起きないよう、農業交渉分野を担当する専門家には事の経緯を事前に伝えておきましたので、彼のプレゼンテーションは問題なく終了しました。

【インドネシアにおけるJICAプロジェクトでのエピソード】

GATT時代においても新たなWTO体制下においても、多角的な貿易体制を発展させかつ規律ある公正な貿易を維持するための一方策として、特定の状況下においては貿易救済措置(trade remedy measures)の適用を認めてきました。代表的な措置は3つありますが、分類しますと不公平と思える貿易に対抗するためのものが二つ、残りの一つは不公平とは言えない状況下であっても特殊な条件下においてはその発動を認められてきました。前者は平たく言いますと、人為的な手段で通常の輸出競争力に悪影響を及ぼすような取引を是正するためのもので、例えば、国内販売価格よりも安くダンピング価格で輸出するような場合、輸入国はその対抗措置として不当廉売関税を課すことが認められています。また、貿易を歪める政府からの各種輸出補助金の付与によって輸出されるような場合においても、この補助金分だけ相殺して課税すること(相殺関税)が認められています。他方、上記のような人為的な手段によらない場合であっても、短期間における集中豪雨的な輸出によって輸入国の同種の産品を製造する産業が被害を受けた場合には、一定の条件に従うことを条件に関税を引き上げ、又は、一定量について関税割り当ての対象とすることが出来ます(この措置を一般セーフガード(又は緊急輸入制限: general safeguards)措置と呼びます。「一般」とされているのは農産品に対する特別のセーフガード措置が別途あるためです。)。

この中でも一番多く活用されている貿易救済措置は不当廉売関税措置(AD措置)ですが、一般にAD措置とは、「輸出国の国内価格よりも低い価格による輸出(ダンピング(不当廉売)輸出)が、輸入国の国内産業に被害を与えている場合に、ダンピング価格を正常な価格に是正する目的で、価格差相当額の範囲内で賦課される特別な関税措置」と説明されています。WTO体制下においてはGATT諸規定(第6条及びアンチ・ダンピング協定)に発動するための詳細なルールが定められていますが、課税要件として以下の加重四条件があります。

(1) ダンピングされた産品の輸入の事実があること、
(2) ダンピングされた貨物と同種の産品を生産している国内産業(国内生産高の相当な割合を占める者)に実質的な損害等の事実があること、
(3) 実質的な損害等がダンピングされた産品の輸入によって引き起こされたという因果関係があること、及び
(4) 国内産業を保護する必要性があること、です。

前置きが長くなりましたが、筆者がADB退職後、1年間コンサルタントしてインドネシアのプロジェクトに関与し、その一コンポーネントとして、インドネシア政府が国際貿易に一層積極的にコミットしていくうえで、特に、WTO多角的自由貿易制度下において許容される措置を調査して報告するという業務がありました。インドネシア政府側の責任者は貿易や経済問題を総合的に調整する省の副大臣でしたが、毎月、プロジェクト各業務の進展状況のブリーフを行うことが求められていました。最初のブリーフのトピックはEUと米国のAD措置の特徴でしたが、他のコンサルタントが説明するトピックもありましたので筆者の持ち時間は10分程度でした(通常、30〜40分、最大でも1時間が限度でした。)。数ページの説明ペーパーは準備しますが、何と言ってもこのクラスの高官への説明では、face to faceで自信をもって相手の顔を直視して、インパクトのある語句でエッセンスとなるポイントをインプットすることが肝要です。質問には、簡潔に要点のみ間髪を入れずに返すことも、特に最初のブリーフの際は、極めて重要です(筆者のこれまでの国際機関や大蔵省・財務省における経験では、最初の説明で信頼を得ますと、その後多少のチョンボがあっても大目に見て頂けます。このため、最初の説明が勝負となります。)。

副大臣へのブリーフの冒頭に切り出したキャッチフレーズは、「AD分野では、EUはアート、他方、米国はサイエンスです(理由の詳細は後述します。)」でした。AD措置についてはUNCTAD時代や関税局勤務時代において少々かじりましたが、EUのADについてはEUのAD実務の第一人者であるベルムースト博士と、また、米国についてはUSTRで法規部の部長(知り合ったのは、氏がホワイトハウスの貿易担当Directorであった時でした。)を歴任され、ワシントンで有力な弁護士事務所勤務の実務家(日系二世ですが日本語は話せません。)とのUNCTAD時代以来の長年に亘る意見交換を通じて得られた、EUと米国のAD法の特徴の根本的な差異を端的に表現したものです。この副大臣はオランダ人のベルムースト博士との面識があったことも筆者には有利に働きました(インドネシアにとってオランダは旧宗主国であり、特に有識者階級には依然として特別の感情があるようです。)。このキャッチフレーズを直ちに理解して頂いた関係で、以後の説明はプロジェクト期間中円滑に進みました。

今回の締めくくりは、日米における弁護士へのアプローチの差異について触れます。日本ではトラブルが起きた場合、通常は直接相手方と話し合って、また、間接的に共通の友人や町内会の世話役などを通じて話し合って事を荒げることなく穏便に処理する文化があります。したがって、これらの努力が実らない場合にのみ、「最後」の手段として弁護士に相談するケースが多いと考えられます。他方、米国は多民族から構成される国家であり、共通の基盤や文化に欠ける嫌いがあり、問題解決の「最初」の手段として弁護士に相談することとなります。この結果、例えば、争っていてもパーティなどでにこやかに挨拶する状況も起きますが、これは日本人においてはできない芸当だと思われます。これは40年以上前、法律をかじっていた時代の数字なのでそう受け取って頂ければ有難いのですが、日本では最後の手段として法廷闘争になったとしても5年以内に9割に近い係争案件が示談で終結するとの統計数字が教授から披露されました。売り言葉に買い言葉もあって法廷で争うことになったとしても、その後、両当事者が冷静になって話し合いを行った結果だと思います。これも日本的な現実的かつ実際的な知恵というか時間をかけて培われてきた文化であると考えられます。

2019年2月15日 掲載
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