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原産地関係エッセイ・論文・講演資料

連載 第六十一話-対処方針(及び訓令)余話-

【バイ、マルチ、プルリ】

筆者は関税局時代には主に国際課に在籍していましたが、そこでは二国間関係と言うよりは、国連、WTOやAPECと言った多数国間関係の活動・案件を担当していました。当時、二国間関係のことを通称「バイ」(これは二国間のことを英語でbilateralと言うためでした。)といい、多数国間関係のことを「マルチ」(multilateral)と呼んでいました。他方、マルチはWTOが標榜するmultilateral free trading systemと「多角的」自由貿易体制という意味合いで使う場合もあります。翻って1979年に妥結したGATT東京ラウンド交渉では、GATT規定を一層精緻化する見地から関税評価協定、ダンピング防止協定など10本の協定類が合意されました。ところがこれらの協定類については、GATT全締約国に受諾のため開放されたものの、残念なことに先進締約国を中心とした締約国のみが受諾する事態となってしまったのです。このため、先進締約国と途上締約国との間においてこれら協定を含むGATT諸規定適用上、二重構造が出来上がりました(例えば、ある協定において、ある行為を行う場合、特定の事柄が発生してから○○日以内に行わなければならない、との一種の手続法的な規定が定められていた場合、関係締約国間において当該義務履行上齟齬が発生する可能性が生じます。即ち、受諾した先進締約国間の案件であれば、当該協定の規定が適用されますが、途上締約国との案件には、仮にこの途上締約国がこの協定を受諾していなければ、協定ではなく関連するGATT規定が適用されると考えられます。)。このように、限定された締約国が受諾した協定類をGATTでは「プルリ」(英語ではplurilateral agreement)と表現され、「複数国間協定」と訳されていたはずです。上述したような規律の二重構造の存在は国際ルールの統一的な適用上決して望ましいことではありませんので、1995年から施行されたウルグアイラウンド協定類については、WTO加盟を希望する国々に対し、それら協定類がGATT規定と不可分の一部(integral part)を構成するので一括して受諾することとされました(このことをsingle undertakingと呼びました。)。この結果、東京ラウンド以来の国際ルール適用上における二重構造は解消されました。

【対処方針等】

国際課に勤務していた時分には特段の疑問を持ってはおらず、至極当たり前のことだと認識していたのですが、今回、表題のトピックを書くにあたってネットで「対処方針」なる語を検索してみたら、それほど一般的に理解されていない用語であることが分かりました。とはいえ当時の業務に占める「対処方針」とりまとめに関連する事務は会議日程が決まっていますので、残業を強いるものであったことも確かでした。現在においても国際担当課に属する行政府職員、特に、経済四官庁(外務・経産・農水・財務各省)においては処理の仕方がスマートになったものと推察しますが、基本的なところでは変わらないと思います。我々が理解していた「対処方針」とは、平たく言いますと、国際会議や二国間協議に向けた日本国政府の国益を守るための指針・方針を関係する省庁が協議の上定めたもので、これに従って交渉担当者が会議等において執行するものです。特に厳格なルールが存在するのかどうか当時調べたことがありませんが、規模の大きな国際会議等には「訓令」という用語を使ったような気がします。他方、「対処方針」は、通常の会議や出席者のランクがそれほど高くない国際会議に用いられていたと記憶しています。

一般論として言えば、バイの交渉の場合、基本的には当該二国間の関心分野のみを取り上げますので、「対処方針」もいきおいすべてを網羅し個々の交渉項目について詳細に記す必要があります。他方、マルチの場合、例えば、UNCTAD特恵特別委員会への対処方針の場合、会議で議論される項目のすべてが日本国に利害を及ぼす討議案件とは限らないため、日本のGSPスキームに影響がなければ、特に、発言する必要はありません。そのような場合には、対処方針上、「適宜対処ありたい。」で十分です(これは高等戦術になりますが、自国に関係はなくてもある国に「貸し」を作りたい場合、この国の利益のために擁護する発言をすることもあります。例年開催される国際会議には、相当程度、なじみの顔ぶれが揃いますので、累次の会議を通じて「貸し・借り」の関係が生まれます。そこで貸しを作っておくと、後日、自国が困難に陥った場合、助けてくれることが期待できるのです。事務局にいて、何であの人は自国には利害がないのにあのような発言をするのだろうと思える時がままありました。つまりは、自己の「貸借対照表」上、負債を帳消しにする又は貸しを作る発言であった訳でした。)。

閑話休題。通常、国際会議における発言は外務省の首席交渉担当官が行います。他省庁からの出張者は同席していても発言することはありません。尤も、会議前に現地の日本国大使館・代表部における「対処方針会議」には出張者全員が参加し、会議で発言すべき重要な点について確認を行います。ところが、人繰りの関係(例えば、APECの場合、年間300を超える会議がありましたし、委員会数も20を優に超えていました。)で外務省担当官のみでは対応できない場合や(高度に)専門的な分野の国際会議の場合には、他省庁からの出張者であっても、身分上「外務事務官」に併任発令することにより、発言することが可能となります。筆者の経験では、APECの税関手続小委員会の定例会合については会議期間中に限り外務事務官の併任発令をされていました(そこまでする必要はないので、外交官用のパスポートの発給はなく、公用パスポートでの出張でした。)。

時には出張者を出せない省庁から自省関心項目について、念押しの意味合いを込めて強い調子の対処方針となる場合がありました。通常、他省庁からの出張者は日本国の国益を守るため会議開催中発言すべき局面では、外務省担当官に注意を喚起します。つまり、対処方針の執行を催促するのです(これは交渉の帰趨をいかに読むかどうかにも関係するのですが、日本が率先して議論をリードすべきと判断する場合、冒頭に発言するのが効果的といえます。他方、議論の推移を見守り煮詰まってくるまで待ち、会議の流れを日本の国益の方向に持って行くために発言するのが効果的な場合もあります。但し、相手がいる話なのでこの「読み」が当たる場合もあればそうでない場合もあります。)。現地での会議が終わりますと、外務省担当官が本省への報告電の原案を起案して、出張者全員の了解の上本国に公電を打ちます。大きな会議の場合、事後、外務本省において一種の「報告会」が開かれます。たまに、対処方針が執行されなかったといって、他省庁から、クレームが出されることがありました。また、対処方針を超えて発言した場合、我々の言葉ではこれを「フライング」と呼んでいました。つまり、「訓令違反」ですね。

これは例外的に時折勃発するのですが、国際会議において対処方針が想定している事態を超えて交渉・議論が進展し、当初の対処方針では対応できなくなった場合で日本国の判断が求められた場合、本国に至急新たな判断を求めることとなります。これを「請訓」(新たな訓令を要請するという意味です。)といいます。筆者の経験では、外務省から関係各省の窓口課にまず一報がはいり、各窓口課は自分の省の関係各局に連絡して外務省への迅速な対応のため待機を要請します。請訓の重要度に応じ、関係各省の幹部が外務省で緊急会議を開催して対処することもありました。外務省担当局が請訓への回答原案を作成し、各省に相談します。これを我々は「合議」(あいぎ)と呼んでいました。各省の窓口課は、関係局全てに連絡し自省のコメントのあるなしを取りまとめます。無茶なコメントに対しては、外務省の担当局に伝える前に説得に当たり、各省の窓口課がいわば外務省の役目も果たしていました。筆者の経験では主にジュネーブにおける会議が主でしたから日本とは7〜8時間の時差がありました。現地では、日本の交渉官が「本件については、現在、本国に請訓中であり、明日の会議で態度をはっきりさせたい。」旨発言することとなります。現在は国際会議の数も相当増えているでしょうから、今夜も「請訓」の取りまとめの事務で省内を駆け回っている職員の姿が目に浮かびます。

【対処方針:筆者の経験】

広く貿易に絡む分野の国際会議については、大蔵省関税局が対処方針案の取りまとめについて自省の窓口業務を行っていました。討議内容には往々にして貿易問題のみならず一部について、ODAや投資、ないし、予算手当てに亘ることもありました。省内では前者は国際局に、後者は主計局に合議となります。筆者は横浜税関に入関してから数年で関税局国際第二課に異動になりましたが、UNCTADが推進する「一次産品総合プログラム(Integrated Programme for Commodities: IPC)」構想(中核となったのは、途上国の輸出所得の稼ぎ頭である主要一次産品18品目について国際取引価格安定のため一定量の備蓄を行うというアイデアでした。当然備蓄には関係国の輸出入量に応じた政府の財政負担を要しました。このため、安定的な資金の確保の見地から、「共通基金(Common Fund)」を設立する構想も併せて提案されていました。)に関する業務が主なものでした。当時、石油ショックを契機として、途上国の国際経済に関する発言権が強まり、一次産品など天然資源の恒久的主権の獲得や途上国に有利となる新国際経済秩序の樹立に向けて極めて鼻息が荒かった時代でした。

閑話休題。関税局に勤務し始めて間もない駆け出しのころのエピソードで今から思うと冷や汗ものですが、この一連のUNCTAD会議のうちの一つの会議開催中のある晩、他の業務もあって一人で残業していたところ(自分が担当する国際会議が開催されている期間は、外務省担当課と連絡を密にして現地の状況を把握すると共に、まさかの場合に備えて緊急連絡先を通報しておくことが礼儀でした。)、突然外務省の担当官から電話が入り、某一次産品の備蓄案が急遽途上国から上程されて先進国としての態度をはっきりさせなければならない事態に至った。ジュネーブ代表部から請訓がじきに来るので、関係局を待機させてほしい、と。これは予算手当てを要するため主計局が対応する案件でした。窓口局として、主計局担当者に電話を何回も入れましたが出ません。そのうち、請訓が届きました(当時は現在のようにeメールなどありませんでしたから、いちいち外務省まで取りに行く必要がありました。)。大蔵省2階の主計局に請訓案を持って行きましたが、本請訓について判断して頂ける主計官、主査がおりません。筆者途方に暮れてオフィスに残られていた主計局担当次長に会いに行きました。怖いもの知らずでした。怪訝な顔をされましたが、事情を聞いていただき、今夜は対応できないということで、次長がメモを担当主計官に残しておくことに落ち着き、翌日に協議することとなりました。大蔵省が対応できないため請訓には応じられないことにはなりましたが、現地では突然の途上国からの提案に主要先進国が激しく反対した為、日本が発言するまでもない状況となり、なんとか乗り切りました。尤も、筆者の外務省への「貸借対照表」には大きな「負債」が記録されましたが。

国益の前に自分の省の利益を擁護しなければなりませんので、先ずは「省益」をいかに守りきるかが担当者の大きな役目でした。大蔵省は「組織の省」なので外務省作成の対処方針第一次案には前もって担当係が課長と協議して課としての意見を統一します。必要に応じて、担当審議官や局長の判断を頂いていました。外務省との折衝は、まず、担当官が行い、埒が明かなくなるに従い、係長、課長補佐そして課長レベルの折衝となります。同じ見解の関係他省庁とは連合して外務省に対応することもありました。経済官庁としては、財務省、農水省、経産省に外務省の四省庁があげられますが、平たく言えば、前二者が基本的に「守りの省」であるのに対し、後二者は「攻めの省」と言えるかもしれません。

窓口課として各局からのコメントを整理し理解し、理論武装(屁理屈であっても)して、省益を守るため自省の意見を対処方針案に入れるべく又は削除すべく外務省担当官と折衝しなければなりません。相手の外務省担当官は経験豊富なので、最初のうちは直ぐに上司にバトンタッチせざるを得ませんでしたが、場数を重ねるうちに訓練と言うか、鍛えられ、しぶとくなっていきます。色々なテクニックを学んできましたが、一つだけ披露しますと、省益には影響を及ぼさない余計なコメントを取引材料とすべく、一つ二つ追しておくのです。折衝の最後の最後に、余計なコメント部分について譲歩する(削除に応じるという意味です。)ことで他の自省コメントを維持又は追加して入れて頂くわけです。

各省関係各局においても外務省起案の対処方針案について上司の決裁を経る必要があります。省内でも幹部にあげて行けばいくほど柔軟になって物分かりが良くなる局と、これとは対照的に上げていくにつれて、融通が利かなくなる局がありました。他省庁においても、外務省は会議開催までにまとめなければならないため、最後は妥協するきらいがありました。また、外務省は担当官の裁量が大きいように感じました。他方、理屈で攻めてもダメなものはダメと主張する省もありました。とはいえ、所詮、どの省庁においても折衝のスタイルに関しては担当官個人・個人の性格が反映されます。経験を重ねるにつれ、担当官の性格上の「弱点」を最後に攻め納得して頂くのも窓口局の作戦の一つでした。

蛇足ですが、訓練とは恐ろしいものでこのようなことばかり繰り返していますと、対処方針取りまとめの最中、外務省担当官の反論を聞きながら、それへの再反論の論理を考える癖が自ずとついてきます。このように「理屈屋さん」になってしまいますと、この反論する習性が些細な夫婦喧嘩の際もいかんなく発揮され、更に険悪になることもありました。

2019年3月15日 掲載
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