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原産地関係エッセイ・論文・講演資料

第四十五話EUベトナムFTAの拡張累積規定

先月下旬に別案件の調査でWTOのRTAデータベースを検索していたところ、本年7月13日付でWTO事務局に通報されたEUベトナムFTAが8月1日に発効するとの記事に接しました。EUがアセアン諸国とのFTAを発効させたのはEUシンガポール(2019年11月21日発効)に次いで2番目、EUとして45番目となります。驚くべき事実として、EUがFTA交渉を行っているアジア諸国には、インドをはじめ、アセアンの古株であるタイ、マレーシア、インドネシア、フィリピンが控えており、ベトナムはこれらの諸先輩を差し置いていち早くEUとの交渉に合意したことになります。TPP11においても早々に参加を決めるなど、せっかく署名まで持ち込みながら未だ実施する気配を見せないマレーシア、ブルネイに比較して、ベトナムの先見性には目を見張るものがあります。こうしたメガ協定への参加、巨大市場を持つ国・地域とのFTA締結は、米中の本格的な対立が加速する中で「中国プラス1」の選択を迫られる多国籍企業への積極的な受け皿の提供となることは間違いありません。

EUベトナムFTAの原産地規則は、協定本体ではなく、「原産品」の概念定義及び運用上の協力の方法に関するプロトコール1に規定されています。同プロトコール第2条の原産品の定義は極めてオーソドックスな「国原産」で、完全生産品定義と実質的変更基準を満たす産品を原産品とします。第3条の累積規定もEUが締結している他のFTAと同様に、第6条に規定される微細加工(minimal operations)を超える加工を行う場合に限ってモノの累積(いわゆる「部分累積」)を認めるものですが、その新しさはEUベトナムFTAの同プロトコール第3条(原産性の累積)パラグラフ2から13までの規定にあります。以下に、その骨子をまとめてみます(筆者による仮訳)。

A. EUとFTAを締結しているアセアン加盟国のいか、たこ(第3条パラグラフ 2)

アセアン加盟国でEUとガット第24条のFTAを締結している国(シンガポール)の原産品で附属書 III に記載される材料(いか、たこ - 生きているもの、生鮮、冷蔵)を附属書 IV の産品(いか、たこの調製品)の生産に使用する場合に拡張累積を適用する。

《条件》

当該材料の原産性は、EUと当該アセアン構成国(シンガポール)とのFTA原産地規則で判断する(第3条パラグラフ3)。
当該アセアン構成国(シンガポール)からベトナムに輸出され、ベトナムで加工される当該材料の原産性の証明は、当該材料が(シンガポールから)EUに直接輸出される場合と同じ原産地証明文書によって確保されるものとする(第3条パラグラフ4)。
上記の拡張累積は、次の条件を満たす場合にのみ適用される(第3条パラグラフ5)。
a. a原産資格の獲得に関与する当該アセアン構成諸国(シンガポール、ベトナム)が、
(i) 本プロトコールを遵守し又はコンプライアンスを確保し、かつ、
(ii) 対EU及びアセアン関係国との間における本プロトコールの適正な実施の確保のために必要な当局間の運用上の協力の提供し、
b.記aの取極めがEUに対して通知され、及び
c.本件拡張累積を使用することによりベトナムで得られることになる本プロトコール附属書IVに掲げられる産品に適用されるEUの関税率が、本件拡張累積に関与するアセアン構成国において得られる同じ産品に対して適用される関税率に比較して、高くなる場合又は同じ場合に限られる。
パラ2(いか、たこに係る拡張累積)の適用によって発給される原産地証明文書は、「ベトナム-EU・FTAのプロトコール1の第3条2の適用」を記載する(第3条パラグラフ6)。

B. 韓国原産の布(第3条パラグラフ 7)

韓国原産の布は、附属書 V に記載される製品(HS第61類・第62類の衣類)の生産に使用される場合は、ベトナム原産品とみなす。ただし、当該布への加工が第6条の微細加工を超えるものである場合に限る。

《条件》

前パラグラフの適用に当たって、布の原産性は、EU韓国FTAの枠内で適用される原産地規則で判断される。ただし、プロトコール附属書II(a)に規定される「原産品」の定義及び当該特恵貿易協定の当局間の運用上の協力を除く(第3条パラグラフ8)。
パラグラフ7の適用に当たって、韓国からベトナムに輸出され、ベトナムで加工される当該材料の原産性の証明は、当該材料が韓国からEUに直接輸出される場合と同じ原産地証明文書によって確保されるものとする(第3条パラグラフ9)。
上記パラグラフ7から9までの規定による拡張累積は、次の条件を満たす場合にのみ適用される(第3条パラグラフ10):
a. 韓国がEUに対し1994年ガット第24条に基づく特恵貿易協定を適用し、
b. 韓国及びベトナムが以下を取極め、それをEUに対して通知した場合:
(i)本条による累積を遵守し又はコンプライアンスを確保し、かつ、
(ii)対EU及び関係国間での本プロトコールの適正な実施の確保のために必要な当局間の運用上の協力の提供すること。
パラグラフ7の適用によってベトナムにより発給される証明書は、「ベトナム-EU・FTAのプロトコール1の第3条7の適用」を記載する(第3条パラグラフ11)。

C. EUとベトナムがガット第24条に基づくFTAを締結しているその他の国の布(第3条パラグラフ 12)

一方の締約国の要請によって、本協定の第17.2条(特別委員会)に従って創設される税関に関する委員会(Committee on Customs)は、EUとベトナムの両締約国が1994年ガット第24条に基づく特恵貿易協定を適用する国(筆者注:例えば、日本国)を原産とする布が一つの締約国において本プロトコール附属書Vに掲げられる産品の一つに生産され又は組み込まれる場合、当該一つの締約国の原産品であるとみなす。ただし、当該締約国で行われた加工が第6条(微細加工)に規定する作業を超えるものである場合に限る。

累積に対する要請及びパラグラフ12に規定される方式(modalities)に関する決定を行う際に、税関に関する委員会は、他方の締約国の利益及び本協定の目的を勘案しなければならない(第3条パラグラフ13)。

本規定の概念は今回初めて特恵原産地規則の歴史に登場したわけではなく、過去においても相当数の特恵スキームにおいて存在していました。本件に類似した事案については、以前、日本関税協会の「貿易と関税」(2017年5月号)に掲載された「特恵原産地規則における累積制度の考察」と題した小論、及びJASTPROのウェブサイト(注)でも公開していますので、その部分を以下に引用します。
(注) 〔http://www.jastpro.org/essay/pdf/wto01_02-aside.pdf

《項目番号は、原文を参照》

5. FTA 累積規定をめぐる諸外国の動き
(2)交差累積(カナダ定義:cross cumulation)・汎 FTA 累積(EFTA、カナダ定義:pan‐FTA cumulation)
交差累積(cross cumulation。協定によっては、汎 FTA 累積(pan-free-trade-agreement cumulation)とも呼称される7。)といわれているものを見ていきたい。これはカナダが推進している8。EU 主導の対角累積と似ているが、異なっている。その内容は、FTA を締結している共通の第三国を締約国の領域と一体として取り扱い、完全累積を前提とした地域累積、つまり3ヵ国におけるモノと生産行為の累積を実現しようとしている。特恵の恩恵を最大限に拡大する野心的な規定であろう。条件として「同一の原産地規則」を共有する必要はなく、交差累積の規定をそれぞれの FTA で規定すれば足りるのみならず、適用範囲を限定することも、適用のための条件を別途定めることも可能としている。
7.“pan-free-trade-agreement cumulation”を使用する FTA の例: カナダ韓国 FTA(2015年1月1日実施)第3.7条3項(将来的な検討); EFTA カナダ FTA(2009年7月1日)第21条(発効後、4年以内に再検討); EFTA コロンビア FTA(2011年7月1日)第3条(発効後、4年以内に再検討); EFTA ペルーFTA(2011年7月1日)第3条(発効後、4年以内に再検討)。
8.カナダが交差累積を規定している FTA: カナダ・ペルーFTA(2009年8月1日); カナダ・ヨルダン FTA(2012年10月1日)第4.3条2、3項; カナダ・パナマ FTA(2013年4月1日)第3.5条; カナダ・ホンデュラスFTA(2014年10月1日)第4.4条2、3項。
対角累積との相違は、共通の原産地規則が存在しないので、交差累積を適用するベースとなる FTA 原産地規則によって第三国から輸入する産品に対する原産性判断を行うこと。この手法は、自らの FTA 原産地規則を第三国産品への累積判断に使うので、第三者の判断をそのまま適用しない点において妥当性があるが、この判断は当該産品の輸入時に行われる当該第三国との FTA 原産地規則に従って行う判断とは異なるものとなる。
ここで、同じ輸入行為に二度、別の原産地規則による重複判断を求められることになり、事業者の事務負担増は免れないであろう。また、第三国の輸出者・生産者の立場からは、当該産品の生産に係る情報を持っているからといって、自国が関与していない FTA の原産地規則に則った原産性判断を求められるのであれば、前述の輸入者よりも一層の負担感を感じることになろう。対角累積であれば、二度の原産性判断を要せず同一判断で足りる点において優位に立つことになろう。
しかしながら、品目別規則は関税分類変更基準が圧倒的に多く、同じ品目には類似した規則が適用されることが多いので、実現すれば経済効果も出てこよう。完全累積のメリットを最大限活用して、第三国の非原産品・材料であっても、原産部分の累積が可能となる。しかしながら、自国が締約している FTA 原産地規則を満たさなければ自国産品に対して相手国での特恵税率の適用はないわけで、どちらも満たすモノに需要が出てくるのであろう。

日EU・EPA付録3-B-1(特定の車両及び車両の部品に関する規定)の第5節(第三国との関係)にも、類似規定が置かれていることはご承知のことと思います。ただし、この規定は自動車部品を対象とし、双務的な内容になっていますが、我が国の自動車関税はMFN無税であるので、適用することがあるとすれば我が国からEUへの輸出に限られます。さらに、協定上の適用条件として、以下のことが求められます。

(i)第三国との両締約国によるガット第24条のFTA締結、
(ii)本規定の実施に係る当該第三国との行政上の協力取極めが発効し、その旨のEUへの通報、
(iii)日EU当局がすべての条件に合意すること。

この規定とEUベトナムFTAの拡張累積規定及びカナダが提唱している交差累積とを比較してみると、上に引用した小論にもあるように、材料の原産性を決定するための原産地規則及び原産性を証明するための手続きを、EUベトナムFTAではEUと第三国とのFTA原産地規則及び同手続きとする旨を規定していることに差異が認められます。また、EUベトナムも日EUも、交差累積とは異なりモノの累積に限定したものとなっています。このような第三国との累積に対してはモノの累積に限定するということが、EUにとって譲れない原則なのでしょう。カナダEU・FTA(CETA)においても、第三国産品の累積については、モノの累積に限る旨が規定されています。

将来、日EU・EPA付録3-B-1第5節の適用が実現する場合には、本件EUベトナムFTAの拡張累積規定が前例となるかもしれません。すなわち、我が国の自動車生産者は、EUと当該第三国とのFTA原産地規則によって原産品とされる自動車部品を、我が国での自動車生産に当たって当該EU第三国FTA原産地証明書に基づき拡張累積の立証を求められることになるかもしれません。いずれにせよ、日EUの当局間での合意が必要となりますので、更に制限的な規定が加わるか、より緩和された規定振りとなるか、我が国の当局に頑張っていただくしかありませんね。

日英EPA 大筋合意間近か

最後に、本稿を書き終えた頃、一部報道で日英EPAの大筋合意が近いことを知らされました。本交渉の開始時点で2021年1月の英国のEUからの完全離脱(経過措置の終了)が視野に入っていて、それまでにFTAを完成させるとの期限が切られていたこともあり、本交渉は、事実上、日米貿易協定並みの物品貿易と電子商取引に限定したFTAとして進むのではないかと予測していました。ところが、報道では物品貿易と電子商取引に係る協定のみならず、(当初のシナリオどおりの)ほぼ日EU・EPA並みの全分野をカバーした本格的なものとなり、しかも、電子商取引については日EU・EPAを超える水準のものになるとのこと。この報道内容が正確であるならば、いくらモデル協定としての日EU・EPAがあったとしても、信じがたいほどの驚異的なスピードです。余計なお世話でしょうが、交渉に従事されている職員の健康状態を気遣わずにはいられません。

日英EPA原産地規則の内容は、日EU・EPAに沿った内容となるのでしょうが、EU英FTAの物品貿易章、原産地規則・手続章、税関手続章の最終的な内容を把握してからでないと貿易面でのBREXITの正確な影響は把握できません。欧州委員会の立場では、離脱した英国に関税同盟と同じ便益を与えるようなFTAを締結することは有りえないでしょうから、英国での組立て、生産を経てEU諸国に製品を出荷している企業は、英国での生産工程をEU英FTA原産地規則に従ったものとすべく調整が必要になることと思います。そうした動きの中にあって、EUと英国の双方がガット第24条に基づくFTAを締結している国として、我が国の産品を拡張累積の対象とするとの規定がEU英FTA原産地規則に入ってくると、品目限定でしょうが、若干なりとも現状維持ができるかもしれませんね。

2020年8月14日 掲載
文中、意見に及ぶところは筆者の個人的な意見であり、JASTPRO又は関係諸機関の見解ではないことを予めお断りしておきます。

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