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八丁堀梁山泊 第53話

日米欧の非特恵原産地規則

2021-04-16


 令和2年度JASTPRO調査研究報告書「非特恵原産地規則 ~ 米国、EU及び我が国における主要製品分野に適用される非特恵原産地規則の概要と比較 ~」を、本日、本稿と同時にJASTPROウェブサイトにアップロードしました。本報告書は、昨年4月から毎月ウェブサイトで連載していた「JASTPRO調査研究:非特恵原産地規則」を編集、加筆し、冊子としての体裁を整えたものです。本調査研究においては、原産地表示における原産国決定、特殊関税の適用における対象国の決定等に際して使用されながらも、世界標準が存在せずに各国の国内法で規律される非特恵原産地規則のうち、米国、EU及び我が国で適用されている規則を調査対象としました。

【調査目的】

 1995年に開始されたWTO調和非特恵原産地規則策定のための調和作業は、2017年に正式にWTO作業アジェンダから削除され、調和作業は未達成のまま終了したため、関税分類、関税評価等の他の貿易関連分野において世界基準となる国際協定(HS条約、関税評価協定)が存在するのに対して、原産地規則分野には統一規則を掲げる世界基準が存在しません。したがって、非特恵原産地規則は、200ヵ国を超える国々が存在する中で、50ヵ国がWTO通報を行って原産地規則を公開しているに過ぎません。非特恵原産地規則を適用しない、すなわち行政法令として非特恵原産地規則を持たないとのWTO通報を行った国も59ヵ国に達します(2020年2月18日付、WTO文書G/RO/M/73)。

 EPA原産地規則は、その数だけ特恵原産地規則が存在することを意味し、それぞれが異なることから貿易円滑化のために原産性基準、原産地手続きの周知が必要不可欠ですが、非特恵原産地規則の分野では、公開されている規則が限定的である上に、開発途上国においてはそもそも規則が存在しないという事実に直面せざるを得ません。したがって、輸出入される物品の原産地表示、特殊関税の適用対象となる物品の原産国決定等のために適用される非特恵原産地規則を調査し、周知することには大きな意義が認められるものと考えます。

 令和2年度(2020年度)調査研究の対象として、WTO通報されている50ヵ国の非特恵原産地規則のうち、我が国にとって最重要な米国をまず調査対象として調査を開始しましたが、米国の原産地法制があまりにも特異であり、非特恵原産地規則の全体像を把握するには他国の規則との比較分析を行うことが必要と考え、急遽、EU及び我が国の非特恵原産地規則をも調査対象に加えることとしました。

【報告書の概要】

 第1編では、非特恵原産地規則の政策的側面を分析しています。第1章では非特恵原産地規則の歴史的な考察から初めて原産地規則が人類史に登場したのはいつなのかについて紐解いていきます。第2章では、なぜ今日に至るまで原産地規則には世界的な標準規定が存在しないのかについて、国際機関における統一の動き、先進諸国による本格的な原産地規則策定の経緯について触れ、原産地規則が複雑化していった理由についても考察します。第3章では、世界基準の策定が本格的に動き出したウルグアイ・ラウンドでの調和規則策定の決定、ラウンドの成果物としてのWTO原産地規則協定の特徴について言及します。非特恵原産地規則の調和作業はさまざまな要因が重なり頓挫するに至りますが、統一非特恵原産地規則の策定が失敗した原因を追究し、調和作業がレガシーとして残せたものがあったのかについて所見を述べています。

 第2編においては、米国、EU及び我が国の非特恵原産地規則の法源となるそれぞれの法規、判例等について全体像が分かるように、第1章の米国、第2章のEU、第3章の我が国と、それぞれの一般規定の翻訳を含め、概要を述べています。

 米国については、三つの法源を調査対象としています。一つ目は、米国への製品輸出に義務付けられる原産地表示、対中国追加関税措置の原産国決定、日米貿易協定上の米国への輸出産品の材料原産地の判断等に使用される実態に鑑み、米国判例法として繊維・繊維製品以外の製品分野に横断的に適用される「実質的変更」の概念に焦点を当て、主要品目分野毎に原産地判断の傾向を調査しました。二つ目は、NAFTA構成国との貿易のみに適用されるNAFTAマーキング・ルールで、メキシコ又はカナダからの輸入に際しての原産国表示を規律する法規として「実質的変更」の概念に代わって、繊維・繊維製品分野を除いて品目横断的に適用されます。三つ目として、繊維・繊維製品分野にのみ適用される制定法としての繊維ルールです。

 EUについては、2013年EU関税法典(EU規則第952/2013号)の第60条を根拠規定とし、ピラミッド型に下位法規に詳細規定を定める一連の非特恵原産地規則を調査対象としました。興味深い点として、関税法典第60条の実施のために制定された委員会委任規則 (第2015/2446号) 第31条から第36条に置かれる一般規定及び附属書22-01に規定される品目別規則のみが法的な拘束力を有します。品目別規則としてウェブサイトで公表されていても、附属書22-01の品目別規則に記載されない品目別規則は法的拘束力がありません。このような立法手法はEU独特のものといえそうですが、こうした法体系がどのように運用されるのかについても調査の対象としています。

 我が国の非特恵原産地規則の法源は法律レベルにはなく、関税法施行令(政令)の規定に基づき、関税法施行規則(財務省令)、同基本通達と下位規則に詳細を委任する方式を採用しています。米国、EUの規則と異なる点として、一般規定のみが存在し、品目別規則を持たないことが挙げられます。このため、判例法体系に不慣れな日本人にとって複雑怪奇と言える米国の非特恵原産地規則に比較して、あまりの簡素さに驚かれるかもしれません。

 第3編では、米国、EU及び我が国の品目別規則を考察します。我が国の場合は品目別規則が存在しないので、それぞれの品目分野における一般規定の適用について触れています。具体的な品目分野は、① 農水産品及び同加工品分野 (第1類~第24類)、② 化学品分野 (第28類~第40類)、③ 繊維・繊維製品分野 (第50類~第63類)、④ 貴石、貴金属の製品(第71類)、⑤ 卑金属及び同製品分野 (第72類~第83類)、⑥ 機械類、エレクトロニクス、自動車、光学機器等分野(第84類~第90類)、⑦ 時計(91類)の順に取り上げます。

 上記品目分野に関連する部分の品目別規則の翻訳は、米国のNAFTAマーキング・ルールを別添1に、EUの品目別規則(いわゆる、「リスト・ルール」)を別添2に、それぞれ掲載しています。

 第4編は結論として、非特恵原産地規則の将来的な方向性について、筆者の所見を述べています。原産国は、原産地表示、MFN税率の適用、数量制限等、途上国においても何らかの通商法制で必ず適用機会がある概念であるにもかかわらず、今日に至るまで200以上の国・地域が存在する中で、確実に非特恵原産地規則を保持し、適用している国・地域数が50に過ぎません。昨今のグローバル・バリューチェーンの進展で「made in the world」という概念が違和感なく受け入れられるようになったため、原産国よりも生産者、供給者の商標・商号、商品のデザインが重視され、原産国として一つの国を特定することが、技術的にも商業的にも困難となっています。また、MFN税率でのWTO非加盟国の差別化は極めて少数の国に限られ、主要国で通関時の原産地表示義務を課す国も限定的です。さらに、加工食品の表示においては使用素材の生産国を重視する傾向にあり、貿易統計にいたっては、事実上、輸出国で計上されており、原産国の特定を必要としません。

 一方で、非特恵原産地規則の世界標準が不存在であることによる不都合が生じることも事実です。例えば、貿易円滑化の観点から非特恵貿易においては原産地証明書を求めるべきではないとのWCO、WTO等の「守るべき規律」に対して、相当数の開発途上国で商工会議所発給の原産地証明書を求めていることは、不条理ともいえます。なぜならば、原産地証明書を求める国においても輸出国においても明文の原産地規則が存在しない場合に、原産国を決定し、証明することに意味があるのか不可解であるからです。

 本報告書では、米国、EU及び我が国の非特恵原産地規則に焦点を当てて、それぞれの特徴を浮き彫りにしました。貿易に携わる事業者として留意すべきこととして、米国に関しては少なくとも三つのルール体系を理解しなくてはなりません。すなわち、

(i)

判例法に基づく「実質的変更」の概念、

(ii)

制定法としての繊維ルール、

(iii)

メキシコ、カナダを経由した貿易に適用されるNAFTAマーキング・ルールの原産地規則

です。法源が分散しているとの観点からは、EU及び我が国は、概ね一本化されたルールが適用される点で、米国の規則よりはユーザー・フレンドリーであるといえましょう。主観に左右されうる「実質的変更」の概念の維持は、規則を執行する立場の米国税関にとっても望ましいものではないことは、関税分類変更基準をベースとした成文法に差し替えるべく少なくとも3度法案を議会に提出し、その都度否決されるという事実からも明らかです。

 EUの非特恵原産地法制は、法的拘束力を有する規則と有しない規則とで成り立っています。このような法制は、EU関税法典第60条に概念規定を置いているので、法的拘束力のない規則として公開されているEUのWTO調和規則提案を適用しても、争訟となった場合の最終的な司法判断において第60条を適用することで結論を出せるので、法の缺欠にはならないと理解できます。法的拘束力の有無を問わない規則の総体として見れば、レジデュアル・ルールが規定され、品目別規則が全品目に設けられているので、透明性・予見可能性も高く、使い勝手のよい規則といえそうです。

 我が国の非特恵原産地規則は、米国、EUの規則に比較すれば極めて簡素なものです。品目別規則を持たない「HS項変更ルール」一本の規則は、あまりにも複雑化した原産地規則の中にあって奇異な印象を与えつつも、その簡素さが逆評価されることもあります。例えば、特恵原産地規則におけるHS改正の都度行うべき品目別規則の技術的な調整(transposition)が必要ないことが最大のメリットといえます。我が国の非特恵原産地規則の基本的な発想は、1971年に創設されたGSP原産地規則に近く、現行非特恵規則に欠けているのは旧GSP規則にあったリストA(項変更があっても実質的変更と認めない事例)、リストB(項変更がなくても実質的変更と認める事例)の一層の整備、及び簡素なレジデュアル・ルールの創設かもしれません。

 最後になりますが、非特恵通商政策分野において原産国の概念は今日においても存在し、今後も継続することが予想されるので、非特恵原産地規則をめぐる状況がいかに世界的に混沌としたものであったとしても原産国の概念を無視して貿易に関連するビジネスを展開することはできません。卑近な例を挙げれば、輸入貨物に係る原産地表示の是非についての判断権限は輸入国税関にあるため、日本国の非特恵原産地規則を適用した原産国が輸出相手国税関でそのまま認められる保証は全くありません。同様に、原産国表示を義務化している米国向けに生産した物品に「made in XX」と刻印してしまった場合、急遽、EU向けに転売しようとしても、EU加盟国税関で原産地誤認表示として通関を止められるおそれがあります。また、昨今の米国による対中国追加関税の賦課要件としての中国原産の判断は、判例法上の「実質的変更」の概念を適用して行われます。

 本稿では報告書の概要を紹介することに留めました。当協会の賛助会員には本報告書の別添を含む全編の印刷版を送付させていただいておりますが、本報告書の詳細にご関心のある方は、全編をJASTPROウェブサイトで自由に閲覧できますので、ぜひご活用ください。非特恵原産地規則の参考文献が極めて限られている状況において、本調査報告書を公刊することで当協会賛助会員をはじめとする輸出入者ほかの事業者、関係諸機関への情報提供にいくばくかの貢献ができれば幸いです。



文中、意見に及ぶところは筆者の個人的な意見であり、JASTPRO又は関係諸機関の見解ではないことを予めお断りしておきます。