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八丁堀梁山泊 第57話

2021年度JASTPRO調査報告 第2編 「機械類・エレクトロニクス製品等(第84類、第85類)」

2021-06-28

(※第1編は年度調査の最後に総論として掲載いたします。)
 
 アジア太平洋地域の広域FTAを構築するに当たっては、我が国のみならず巨大市場を提供する米国、中国、インドが共に参加することが望ましいのですが、現時点においては困難です。米国が参加するはずであったTPPは米国が離脱し、中国、インドを含むはずであったRCEPはインドが不参加のままの状況ですが、アジア太平洋地域で経済・市場規模の大きなこれら四ヵ国のうちで我が国だけが、TPP、RCEP、アセアン「プラス1」協定を活用できる立場にあることは特筆すべきことと思います。関税同盟・共通市場として規模を拡大してきたEUを中核として隣接諸国にFTA網を浸潤させていく欧州との差は、本来「中核」として位置すべきグループの不存在にあります。TPPではまさに日米を「中核」として志の高いルールをベースとした市場をアジア太平洋地域に拡げようとしたわけですが、我が国のリードによってCPTPPとして日の目を見たことは画期的なことと言えましょう。
 このような状況にあって、アジア太平洋地域で広域FTAを構築する際には、経済規模では格段に劣る東南アジア諸国がグループとして結束したアセアンが存在感を見せています。それを実証するかのように、別添の一覧表にはアセアンのATIGA品目別規則がベースとなった「プラス1」協定の品目別規則が並びます。

1. アセアンの「プラス1」FTA交渉の基本方針と累積規定の差別化
 アセアンの「プラス1」FTA交渉における基本方針は、アセアン域内を律するFTA(現在はアセアン物品貿易協定:ATIGA)よりも緩やかな原産地規則を設けないことで域内貿易におけるATIGAの優位性を確保することです。最も端的に区別されているのは累積規定です。ATIGAでは(i)モノの累積(他の加盟国の原産品を原産材料として認める「越境ロールアップ」)と(ii)加盟国での付加価値が20%以上ある非原産品に対して当該付加価値の累積を認める「限定的な越境トレーシング」(アセアンでは「部分累積」と呼んでいます。)を認めますが、「プラス1」FTAでは(i)のモノの累積のみで(ii)は認めていません。したがって、アセアン域内での特恵貿易に限れば、同じ生産工程を行ってもATIGAの累積規定を適用すれば原産性をより満たしやすくなります。この点は、RCEPにおいても確保されています。ただし、ATIGAの(ii)の累積規定を適用して原産性判断を行った製品をアセアン以外のアジア太平洋地域に特恵輸出する場合には当該製品が必ず原産品となるとは限りませんので、注意が必要です。
 アジア太平洋地域の広域FTAの累積規定で優位を保っているのはCPTPPです。現在のところ締約国は7ヵ国にすぎませんが、全締約国を一地域とみなす「地域原産」の考え方を採用していますので、ATIGAにおける付加価値20%以上のような限定はなく、生産において付与された域内付加価値のすべてが当該産品の原産・非原産にかかわらず次の段階の生産に加算できる仕組みになっています。

2. 一般規定としての「項変更又はRVC40%」
 ATIGA及び日本、中国、韓国、豪・NZとのアセアン「プラス1」協定原産地規則の実質的変更基準は、基本的に「項変更又はRVC40%」を協定本文で一般規定として採用しています。この唯一の例外が印アセアン協定で、「号変更プラス付加価値35%」の要件が全品目に適用され、例外がありません。これは関税分類変更と付加価値のダブル要件なので2要件のどちらかを選択する規定に比較してより厳格となります。しかしながら、要件の一つが「号変更」で付加価値も「35%」と緩和されているので、重要な資材を域内調達する等の工夫することで満たし得る基準であると考えます。このためか、豪・NZアセアン協定では、相当数の品目において「(i) 項変更、(ii) RVC40%、又は (iii) 号変更プラスRVC35%」が採用され、ATIGAの例外品目表(2017年版)でも豪・NZアセアン協定とほぼ同じ品目にこの要件が採用されています。ATIGAが自らこの規定を取り込んだということは、アセアンの事業者が、「項変更を満たすことは困難であるけれども、号変更であれば満たすことができる。その場合でも、40%の付加価値は輸入材料が高額でぎりぎり満たせないことがあるので、35%に閾値を落としてもらえれば号変更とダブル要件になっていても満たし得る」との状態にあると推定することができます。
 一般規定には例外があり、その例外となる原産性要件が協定附属書の品目別規則表に掲載されます。例外なので、品目別規則は「虫食い」的に規定され、一般規則が適用される産品はリストから脱落しています。また、例外といっても一般規則より厳格な場合と緩やかな場合とがあります。別添のエクセル表で厳格な場合に色分けを行うことは冒頭の「はじめに」で触れていますが、本編では、例外の中でより緩やかな規則である「号変更」のみならず、「項変更」規則であってもHSの構造上、専用部品から製品への組立てに原産性を付与する場合には(例えば、第84.07項(ガソリン・エンジン)、第84.08項(ディーゼル・エンジン)に対して第84.09項(エンジンの部品)が独立しています。)、「号変更」規則と同様、白地としています。

3. 例外としてのRCEP及びCPTPP
 RCEPは一般規定を協定条文に置くことはしていませんが、第84類、第85類では概ね以下のように専用部品の組立てに対して原産性を付与するという原則で品目別規則が策定されています。
 専用部品が同じ項に分類される場合
 製品が分類される号:号変更 又は RVC40%
 専用部品が分類される号:項変更 又は RVC40%
 専用部品が独立した項に分類される場合
 製品が分類される項・号:項変更 又は RVC40%
 専用部品が分類される項:項変更 又は RVC40%
 インドが参加しないことが痛手ではありますが、原産地規則から判断するならばRCEPは常に活用を検討すべきFTAであると言えます。ただし、CPTPPと異なり関税譲許が限定的であり、また国別譲許を採用していることから、輸出先となるRCEP締約国での関税譲許の状況を詳しく調べる必要があります。
 CPTPPの品目別規則は、RCEPほどの緩さは認められないもののほぼ同様な原則で品目別規則が構成されています。また、「地域原産」の原則の下で域内のすべての生産行為が累積されますので、「国原産」の原則の下でのモノの累積のみのRCEPよりも更に原産性を満たしやすくなります。関税譲許も第84類、第85類はほぼ100%で、かつ、我が国とメキシコ以外は一括譲許なので、輸出国がどの締約国であっても輸入締約国における特恵税率が変わらないという使い勝手のよさがあります。唯一の問題は、現時点で7ヵ国しか参加していないということで、英国の早期参加、米国の復帰が望まれるところです。
 別表のエクセル表をご覧になっていただくと、第84類と第85類については「プラス1」協定においても多くの緩い例外扱いが認められていることが分かります。

4. ITA物資を原産品扱いできる日アセアン協定の先進性
 日アセアン協定では、附属書3(情報技術製品)でITA物資(1996年12月のWTO閣僚会議で採択されたもの)が域内での他の製品の生産において材料として使用される場合には、当該ITA物資の品目別規則にかかわらず当該生産を行う締約国の原産品とすることができます。すなわち、材料として使用した品目がITA物資であるとHS分類で特定することだけで十分な原産性証明になりますので、第84類、第85類の製品を製造する事業にとっては大変重宝する規定です。ただし、第8541.10号から第8542.90号(HS2002年版の半導体、集積回路等)はこの適用から除外されます。

5. まとめ
 各協定の構成国を簡単に整理すると、次の図表1のとおりです。

図表1:アジア太平洋地域の広域FTA構成国内訳
 


 図表1から読み取れるように、アジア太平洋地域の広域FTAにおいて最も重複度が高い国は、シンガポールとベトナムです。したがって、第84類と第85類の製品又はその部品製造の拠点として選択する場合にはこの両国を候補に入れてしかるべきと考えます。一方、巨大な人口を抱える中国とインドに対して広域FTAでの特恵輸出を行う場合には、中国がRCEPと「プラス1」協定、インドにいたっては「プラス1」協定のみとなり、いずれにせよ輸出拠点をアセアン域内に置くことが特恵活用において有利となりそうです。
 本報告書では取り上げませんが、EUとFTA関係にあるアセアン諸国はシンガポールとベトナムであり、米国とのFTAではシンガポールに限られます。また、後発開発途上国から先進国への「無税無枠」輸出(LDC向けGSP)であれば、ラオス、カンボジア、ミヤンマーが拠点の候補に入りますが、政治的に不安定な国への拠点設置はリスクが伴います。
 原産地規則の観点からは、部品から製品への組立工程に対して原産性を付与する「号変更」規則等の関税分類変更基準が使用できるスキームは、競合するFTA間でより利用される機会が多くなることが予測されます。付加価値基準においても、各スキームに共通するアセアン構成国だけで最低限RVC35%要件(アセアン以外の域内付加価値を加えれば余裕で40%超)を満たすことができれば、大多数の品目において「どのスキームにも原産資格を有する」製品の準備が整います。
 このような大枠での方向性を確定することができれば、(i)譲許品目カバレッジでの比較、(ii)譲許税率のステージング進行状況の把握、(iii)原産地規則の正確な把握を行い、特定産品についての現時点での最も優位な特恵輸出の方式を導くことができるはずです。
 
第84.07項 ガソリンエンジン

第84.86項 半導体製造機械
第85.01項 モーター

文中、意見に及ぶところは筆者の個人的な意見であり、JASTPRO又は関係諸機関の見解ではないことを予めお断りしておきます。