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八丁堀梁山泊 第61話

原産地規則から見た中国のTPP11加盟申請

2021.09.18
 
9月16日夜、中国がTPP11への正式な加盟申請を行ったとのニュースに接しました。これから政治面、経済面、その他各方面において有識者のコメントが出されていくと思いますが、本欄においては主に原産地規則の観点から筆者の所見を述べてみたいと思います。

新規加盟には高い代償

まず、これまでのEPA・FTA交渉での「常識」とされていた一般論から申し上げますと、既に発効している多国間協定に新規加盟することと、新たな多国間協定に合意すべく原加盟国として交渉することでは事情が異なり、たとえ影響力の強い国であろうとも、新規加盟の場合には既存の協定条文を「丸呑み」することが前提となり、すべての締約国が納得する「手土産」を持参する必要があります。「手土産」とは、国有企業、知的財産権、政府調達等の中国が嫌がりそうな分野での国内法制の大幅改正とか、貿易分野でも全品目又は100%に限りなく近い品目分野における関税撤廃が考えられます。また、豪州は二国間問題が解決するまで中国の加盟は認めない旨報道されておりましたので、こうした問題を一つ一つ解決していかねばなりません。さらに、加盟した以上はその規律に従うことになりますが、中国の場合、WTOを超える高い規律を持つTPP11で実際に規律遵守が維持されるのか、予見しかねるところがあります。

米国のTPP復帰のきっかけとなるか

次に、米国との関係について述べてみます。TPP11原産地規則は、ほぼ100%の品目分野での関税撤廃を行う米国市場への参入条件として適正であることが米国が合意する前提であったので、例えば、繊維・繊維製品に対しては独立章が与えられ、域外(非原産)の中国産素材に迂回されてTPP原産品を装って米国市場を席捲されないことを主眼に置いて品目別規則とその実施上の取締規則が策定されました。したがって、中国のTPP参加とは、本来、米国がWTOの規律のレベルでは解決できなかった諸問題を一挙に解決する場として利用するはずだったのです。ところが、政権が変わって米国がTPPから離脱した状況下で中国がTPP11に加盟してしまえば、繊維ロビーの影響が強い米国議会はTPPへの米国復帰はもはや全くあり得ないとの立場を取ることが想定されます。

また、自動車を例にとれば、マーケットアクセスで異常に長いステージングがかかっているとしても、TPP11原産地規則は米国にとって不本意なものであったようで、USMCA協定の自動車規則と比較すればその違いがよく分かります。したがって、米国と中国との対立軸が非常に明確になっている昨今、中国の加盟を容認するか否かは米国との関係においても極めて大きな判断となりそうです。逆の発想として、TPP交渉を担った民主党政権として上記の流れに持ち込ませないために米国が原加盟国としてTPP12を批准すると面白くなるのですが、今回の中国のTPP11加盟申請に際して米国大統領報道官が「修正されない限り復帰はない」との見解を述べているので再交渉をすれば米国が復帰する可能性があるのか、又は非関与の方向のままなのか、これは夢の中で語った方がよさそうです。

RCEPの加盟国が15ヵ国、(実現可能性を問わずに)英国、中国が加盟できればTPP11が13ヵ国となり、アジア太平洋地域において将来的にどちらの協定により大きな求心力が働くのか、現時点ではよく分かりません。本稿では、中国が加盟できた場合にTPP11とRCEPのどちらの使い勝手がよいか、原産地規則上の具体的な要件について比較検討してみたいと思います。

地域原産の考え方の採用

グローバル・バリューチェーンにおいて中国は製品の生産工程の上流下流を問わず随所で関与しています。そのため、例えば、粗原料から半製品、製品への仕上げ・検品までの工程で、他国の材料を使用しながらも我が国と中国とで付加価値を付け合いながら、両国の間を何度も往復させながら完成品にしていくことがあります。現時点では我が国と中国との間にFTA・EPAが存在しないため、FTAの基本原則である「域内一貫生産の原則(正式には「属地性の原則」)」によって中国に材料、半製品、完成品を輸出して加工後に再輸入された段階で、それらの産品は非原産扱いされてしまいます。TPP11に中国が加盟すれば、これらの往復は域内移動となり、しかも「地域原産」の考え方によって中国を含む域内の全締約国における各工程での付加価値付与をすべて考慮することができます。

この点について、RCEPでも同様な効果が生じますがTPP11には一歩遅れを取っており、締約国間でモノの累積を認めるものの、生産行為の累積については発効後5年以内に見直すことになっています。これが何を意味するかというと、RCEPでは、加工されつつ締約国間を移動する産品が越境する度に原産性審査が行われ、原産資格を得れば以後原産品として取り扱われますが、得られなければ非原産品として清算されてしまいます。一方、TPP11では加工されつつ締約国間を移動する産品が越境する度に原産性審査が行われ、原産資格があれば以後原産品として取り扱われることまでは同じですが、原産資格を得ていなくても、その産品の原産性に関する事実関係は清算されずに維持され、域内で付与された付加価値又は実施された生産行為は後の当該産品の更なる加工時において加算、考慮することができます(ただし、域外で加工されたりすると、再輸入した段階で非原産品として取り扱われます。)。

原産資格の自己申告制度

RCEPでは我が国にのみ輸入者による自己申告が認められ、輸出者・生産者の自己申告の一定期間内実施を含め、認定輸出者自己証明、第三者証明も実施可能となっています。制度利用に慣れるまでは第三者証明で発給当局に事前審査してもらい、繰り返し利用して要点を掴めるようになってから自己申告を行うようにすれば、スムーズに特恵制度が活用できるようになるので、これほど使い勝手のよい規則は他にはないと考えます。輸入国税関からの検証に対しても発給当局又は輸出国税関が対応するので、中国のような行政に不透明感がある国に向き合う場合、事業者にとって安心感があります。

一方、TPP11では、輸入者、輸出者、生産者による自己申告制度のみが実施されているので、原産地証明分野においては機動性に優れ、時代の流れに沿った制度と云えますが、輸入国税関による輸出者・生産者への直接的な検証には不安が残ります。中国税関からの英語での質問状に対し、輸出者・生産者が英語で直接回答することとなります。したがって、TPP11の完全自己申告は、コンプライアンスに忠実な、厳格な証明管理をしている事業者に一層の貿易促進効果をもたらす効果が期待できるものの 、事前審査してくれる発給当局も存在しないので、数年後の検証で厳しい指摘を受け、取引先にも迷惑をかけることになりかねません。

品目別規則

TPP11とRCEPの品目別規則を比較するならば、原産性の満たしやすさの観点からはRCEPの圧勝と云えましょう。RCEPの品目別規則は、アジア太平洋地域の広域FTA・EPAのどの品目別規則に比較しても、より簡素化され、より緩和されています。農産品について、付加価値基準を併存させ関税分類変更基準の補完を充実させています。工業品については、この簡素・リベラルな色彩が更に顕著になっており、通常、センシティブ分野として2工程(two-stage jump)が求められる繊維・繊維製品において1工程を基本ルールとしています。これは、衣類に3工程を要求するTPP11の「ヤーン・フォワード」ルールの対極にあるものといえます。もう一つは、HS第84類から第90類までの機械類、エレクトロニクス、自動車等のルールです。自動車の完成車、車体については付加価値40%のみとなりますが、その他の品目は①製品ルールと②部品ルールに大別され、①の製品ルールでは専用部品からの組立てを全面的に容認しており、付加価値基準での補完も可能となっています。②の部品ルールは40%付加価値がメインルールで、項変更ルールをデミニミス規定で補うこともできます。したがって、RCEP品目別規則は「使える」規則(原産資格を得やすい規則)として、世界モデルになり得るものと考えます。

とりあえずの結論

以上、原産地規則の観点から中国のTPP11加盟が認められた場合に想定される、TPP11とRCEPとの併用に際して、それぞれの使い勝手の良い点、悪い点について述べてみました。あえて結論を述べるならば、対中国輸出では、ほぼ全品目が関税撤廃されるという理想が実現されるならばTPP11に関税に係る節税が期待できるものの、原産性判断を行うための原産地規則では、特に品目別規則において圧倒的にRCEPが優位に立つため、TPP11の厳格な規則を満たせればTPP11で特恵無税を享受し、原産地規則を満たせない場合にはRCEPの緩い規則を満たしつつ、MFNより低いRCEP特恵税率の適用を受けるということになりそうです。ただし、RCEPでは非譲許品目も多いことから、TPP11の原産地規則を満たせない場合は特恵の適用ができなくなる場合も出てきます。また、TPP11では自己申告を行う必要があるので、輸出に当っては厳格な原産性に係る証明管理を行うことになります。

一方、我が国への輸入では、上記輸出とそれほどの差異はありませんが、MFN関税が多くの品目において既に撤廃されているので、特恵制度を利用する必然性が輸出ほど強くないはずです。日中間を往復して生産された産品を他の締約国に輸出する場合には、材料供給国が締約国であれば累積が適用でき、また、特恵輸出の範囲が拡がるので、TPP11ではより多くの新規加盟を期待したいところです。