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エッセイ「八丁堀梁山泊」

第五十二話 英国が展開する貿易継続措置における原産地の拡張累積
2021-03-16

 今回は、第51話でお約束したとおり、筆者が『貿易と関税』 2021年3月号に寄稿した「英国が展開する貿易継続措置における原産地の拡張累積」の概要を述べることとします。技術的な部分・図表の一部は削除し、本論のエッセンスが読み取れるように心がけましたので、さらに詳細をお読みになりたい方がいらっしゃれば、同誌をご覧になってください。

はじめに

 英国は、日英包括的経済連携協定(以下「日英協定」という。)に署名し(2020年10月23日)、EU英国貿易及び協力協定(以下「EU英協定」という。)に合意しました(2020年12月24日)。その結果、2021年1月1日から日英協定は発効し、EU英協定は暫定適用が開始されました。EUを離脱した英国に生産拠点を置く企業にとって、我が国又は欧州大陸から部品供給を受ける度にMFN関税が課されることはなくなりましたが、日英協定、EU英協定だけではEU構成国の英国の生産・輸出拠点としての機能は果たせません。なぜならば、EU離脱は、EU域内のヒト・モノ・サービスの自由な往来のみならず、EUによって世界中に張り巡らされたFTA網からの離脱をも意味するため、英国がEUのすべてのFTA、地域協定のパートナー国と新たなFTA等を締結しなければ原状回復にはならないわけです。

 1月冒頭に英国国際貿易部ほかのウェブサイトを検索したところ、60ヵ国 (3月6日現在で61ヵ国) とのFTA、地域協定等が1月1日付で既に発効又は暫定適用され(図表1参照)、署名済でありながら未だ発効していない貿易継続協定が4本(アルバニア、カナダ、ヨルダン、メキシコ)※1、交渉中の貿易継続協定が4本(アルジェリア、ボスニア・ヘルツェゴヴィナ、モンテネグロ、セルビア)という状況でした。このほかに、規格基準を相互に認証しあう相互認証協定は、FTAに含まれるものが3本、単独の協定として署名済みのものが3本手当てされています。

※1 いずれも2021年早期に発効を予定している。うち、ヨルダンについては、2021年5月1日発行予定(最終検索日:2021年3月13日)
https://www.gov.uk/guidance/uk-trade-agreements-with-non-eu-countries〕。

 英国が短期間にこれだけの数の協定を発効・暫定適用にもっていくための手法を要約すると、EUが締結していた協定を、主体をEUから英国に書き換えた上でほぼそのまま残し、必要な修正を加え、①協定の暫定適用を発効規定に埋め込んでおく方法と、②MOU又は外交公文による法的な拘束力のない事実上の適用(bridging mechanism)を行う方法とを使い分けて貿易関係の継続を図っています。ただし、協定条文に記載される「EU」を「英国」に置き換えただけでは現状維持は叶いません。なぜなら、EUの特恵貿易協定において「拡張累積」の規定は必ずしもすべての協定に含まれているわけではないからです。また、「EU」から「英国」に置き換えられた原産地規則において原産性判断を行う地理的範囲は、通常の累積概念では英国と相手国に限られるため、拡張累積規定が盛り込まれていたとしてもEUからみた第三国が対象となるのみで、肝心なEU加盟27ヵ国はそのまま抜け落ちてしまいます。そこで、現状維持を完結させるために、「拡張累積」がなかった協定にはEUを対象国とした拡張累積規定を入れ込み、存在していた協定には対象国にEUを追加するという最終的な調整が必要でした。

(出典: 英国政府BREXIT関連周知文章 「Guidance: UK trade agreements with non-EU countries」)
 (最終検索日:2021年3月13日)

 本稿では、英国での国内実施に必要な法的手当て、累積概念の整理、拡張累積規定の類型について俯瞰した上で、日・EU・英の三国間貿易で拡張累積規定がどのように機能するかについて論じることとします。

1. 英国の国内実施上の法的な手当て

 貿易継続協定としてのFTA、地域協定等は、2010年憲法改革及び統治法に従って、21日間の議会による精査を経る必要があります。その後、国内での実施法が整備されますが、

① 2020年関税率規則(特恵制度 - EU離脱)、及び
② 2020年関税規則(英国海外領土から英国への物品の無税アクセス - EU離脱)

によって特恵輸入に係る関税率、原産地規則が明確化され、実施されます。実務上、留意すべきは、2020年12月31日に公布された

「貿易パートナーとの累積に関する英国からの要件充足の告知(2020年12月31日付)」

です。本告知は、各協定で定められた(拡張)累積規定の実施のための諸要件を満たしていることを公知するもので、告知文章の別添に実施可能となった各協定が列挙されています。

 すなわち、根拠となるFTA等の貿易継続協定、その国内実施の受け皿となる実施法、最後に(拡張)累積規定実施のための諸要件を満たした旨の告知の3本の柱が揃ったことによって、EU構成国として英国の貿易体制が、EUを離脱した英国として、2020年12月31日午後11時(英国時間)から法的拘束力を持って又は事実上、継続されることになったわけです。

2. 累積概念の整理

 ここで累積概念について簡単に整理しておきます。累積概念は、EUの定義に従えば、


(i)

二国間累積(bilateral cumulation)

(ii)

対角累積(diagonal cumulation)

(iii)

地域累積(regional cumulation)

(iv)

完全累積(full cumulation)


に分類されますが、これはあくまでもEUで実施されている累積制度を整理したに過ぎません。筆者の整理では、FTAにおける累積規定は、産品の原産性判断を締約国単位で行う「国原産」の概念を採用する場合に、一次救済として他の締約国の原産品を自国の原産材料として扱うこと(モノの累積)、更に二次救済として他の締約国で行われた生産行為を自国での生産行為とみなして原産性判断を行うこと(生産行為の累積)を可能にする措置と考えます。なぜ救済措置であるかというと、本来、「国原産」の概念の下では産品の原産資格の判断は輸出・生産国の領域内での生産に限定して行われるものであって、他方の締約国の原産品であっても自国に輸入された段階で非原産品となるものの、累積規定によって自国品扱いされるためです。救済措置であることは、累積規定が任意規定であって、必要な場合にのみ累積を適用すればよいことからも導かれると考えます。また、自国での産品の生産に材料として使用される場合に累積規定の適用があることにも留意すべきです。材料として使用された場合であっても、EUにおいては軽微な加工だけでは累積規定の適用を許容しません。二次的救済である生産行為の累積にいたっては、他方の締約国で生産された非産品が輸入された場合の原産部分又は行われた行為に対する更なる救済となるので、EUにおいては限られた国に対する協定でしか認めていません。したがって、「国原産」ではなくTPP11のように「地域原産」として全締約国の領域を一単位として原産性判断を行う場合には、救済の必要がないため累積規定は不要です。累積規定を置かずに「地域原産」の概念を採用した日米貿易協定が、まさにその事例となります。

 対角累積は、全く同一の原産地規則を共有するFTA締約国間でモノの累積をFTA網全体に拡大していく制度で、EU特有なものといえます。EUでは、「汎ユーロ地中海累積ゾーン」という言葉が象徴するように、それぞれの既存のFTAの原産地規則章を汎ユーロ地中海条約附属書に置き換えることで、新たな地域協定を締結せずとも物品貿易において同様な効果を得ようとしています。

 拡張累積は、対角累積の適用基準を少し緩めたもので、同一の原産地規則を共有せずとも、どの原産地規則を適用するかを明確にした上で、締約国が共通の第三国との間にFTAを締結していれば当該第三国に対象産品を特定した上で累積概念を適用できるとする制度です。対角累積がモノの累積に限定されるのに対し、拡張累積はモノの累積のみならず、生産行為の累積をも容認する場合があります。日英EPAは後者に該当し共通のFTA締約国であるEUに対して、モノの拡張累積と生産行為の拡張累積を認めています。

 最後に、欧州型の累積規定の適用に当たって常に条件づけられる「軽微な加工」について付言します。欧州型の累積規定は、完全累積であろうと、GSP、地域協定の累積であろうと、最終輸出国で行われた生産行為が軽微な加工である場合には、累積規定が適用されません。この欧州型の原則は、当然のごとく拡張累積にも適用されます。ただし、英国の拡張累積規定は典型的な欧州型から一歩踏み出し、軽微な加工をオーバーライドする規定が(全ての協定ではないが)盛り込まれていることに留意すべきと思います。

 以上、多種多様な累積制度及び累積の適用に付随する要件を俯瞰しました。次に、英国の貿易継続協定に盛り込まれた拡張累積規定を類型化してみます。

3. 英国が採用する拡張累積規定の類型

 英国のFTA等の貿易継続協定の拡張累積規定を精査したところ、興味深い結果が得られました。まず、協定横断的に適用される原則として、以下のことが挙げられます。

拡張累積規定を適用するために準拠する原産地規則は、原則として、英国と当該締約国との規則としています。

英国又は当該締約国で軽微な加工が行われただけでは拡張累積規定の適用は原則として許容されません。しかしながら、種々の例外措置が定められ、それらの措置は以下のようにグループ分けすることが可能です。

モノと生産行為の拡張累積に対して例外措置が適用される場合:
(a)

輸出締約国(英国又は他の締約国)での付加価値付与が、拡張累積の適用対象国(第三国)の原産材料の価額(モノの累積の場合)又は付加価値(生産行為の累積の場合)よりも大きい場合には適用可能(例:アイスランド・ノルウェー)

(b)

輸出締約国(英国又は他の締約国)での付加価値付与が、拡張累積の適用対象国(第三国)の原産材料の価額(モノの累積又は生産行為の累積の場合)よりも大きい場合には適用可能(例:東部/南部アフリカ太平洋諸国)

モノの拡張累積に対してのみ例外措置が適用される場合:
(c)

輸出締約国(英国又は他の締約国)の付加価値付与が、拡張累積の適用対象国(第三国)の原産材料の価額(モノの累積の場合)よりも大きい場合には適用可能(例:チュニジア)

例外措置が適用されない場合:
(d)

適用不可(例:日本)

 また、英国の拡張累積規定においては、英国と他の締約国で適用対象国又は生産行為の累積の可否が協定毎に異なる「締約国非対称型」の規定が大多数を占め、英国と他の締約国とで全く同一内容の規定を共有する「締約国対称型」の規則は日本、韓国、アイスランド、ノルウェーの4ヵ国の協定のみに存在します。

4. 日英・日EU・EU英協定における累積規定及び拡張累積規定

 最後に、我が国とEU・英国の三国間の貿易が、原産地規則上どのように規律されることになるのかについてまとめてみます。拡張累積を利用してEU離脱前の状況にできる限り近づけようとする外交・通商当局の努力には頭が下がりますが、原状回復は無理な話と考えます。そもそも、離脱した後に離脱前と同じ便益が得られるように配慮するのであれば、BREXIT当初のEU寄りのソフトランディングを選択するほかに手段はなかったと考えます。それを英国が悉く嫌った結果としての現在のEU英協定の締結であるので、EUは、自らを軸とした貿易において我が国又は英国に全面的な拡張累積を認めることはできるはずがありません。

 図表2の概要一覧図が示すように、拡張累積規定を欠いている部分は、いずれもEUを当事国とする部分です。日英協定第3.5条パラグラフ10及び11は、日本国及び英国に対しての対EU拡張累積交渉のマンデートを確認する性格を持ちますが、パラグラフ11はEU英協定の締結時に拡張累積規定が入らなかったことで不首尾に終わったといえます。

 パラグラフ10の日本国に係る規定については、公開情報では何ら進捗状況が判明していませんが、EUに対して広範な品目に適用されるモノと生産行為の双方の拡張累積を認めさせるのは、英国が経験したとおり、極めて困難であろうと思います。日EU協定の原産地規則には、付録3-B-1第5節(第三国との関係)において乗用自動車の生産に使用されるピストン式のガソリンエンジン(第84.07項)、ケーブル(第85.44項)、部分品及び附属品(第87.08項)に係る拡張累積を容認する余地を与えていますが、実施のための要件として、次の全てを満たす必要があります。

(a)

我が国及びEUが、当該第三国との間において1994年ガット第24条の自由貿易地域を構成する貿易協定(効力を有するもの)を締結、

(b)

我が国又はEUと当該第三国との間に拡張累積規定の完全な実施を確保する十分な行政上の協力に関する取極が発効し、かつ、一方の締約国が他方の締約国に対し当該取極を通報、
及び

(c)

我が国及びEUが他の全ての適用可能な条件に合意。

 すなわち、(そうでないことを願いますが)仮にEUが英国を第三国とする場合には拡張累積の実施及び対象品目拡大に同意しないとの方針があるならば、本拡張累積規定は英国を対象とする限り機能しないこととなります。少なくとも、付録3-B-1をもって拡張累積の実施を既成事実化することは楽観的に過ぎるように思います。

 以上のことから、2021年3月初旬の本稿の執筆時においても、日・EU・英の三国間の貿易において拡張累積が機能するのはEUで生産された材料を使用して日本又は英国で最終製品を生産し、その製品を英国又は日本国に輸出した場合のみであるといえます。したがって、第三国材料としての日本国原産品又は英国原産品を日英協定によってEPA税率で輸入できたとしても、英国又は日本国で生産した最終産品をEUに輸出する限りにおいては、日EU協定及びEU英協定の原産地規則上、当該日本国原産品又は英国原産品は単なる非原産品として取り扱われることになります。以上の説明を整理すると、図表3のとおりとなります。

 

文中、意見に及ぶところは筆者の個人的な意見であり、JASTPRO又は関係諸機関の見解ではないことを予めお断りしておきます。